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2010年11月20日 (土)

家に帰るまでが遠足です (帰省の記録⑦)

友人に駅まで送ってもらい、名古屋駅までの私鉄電車に乗りこむ。空いていた席に腰かけ、流れていく景色をのんびり眺めながら帰省3日間のことを振り返ってみた。家族や懐かしい友人との再会を胸に、また都会で頑張ろう。あとは新幹線に乗るだけだ。目を閉じ余韻にひたってみる。電車の心地よい揺れにつられてしばしうとうと・・・

おや? どうしたんだろう・・・さっきから電車は駅に止まったままのような気がする。扉を開け放ったままピクリとも動かず、ちっとも出発しようとしない。どうも様子がおかしい。即座にいやな予感が沸き起こる。でもそんなの信じたくはない。ここは何も気づかないふりをしておかねば。

と思った瞬間。

「○○駅付近で人身事故が発生しました。この列車は当駅で運転を見合わせます」予感的中。「この電車、ずっと動かないってことですよね・・・」「たぶん・・・そうですよね」隣にすわっていた女性に言葉をかけられ、私がそれに答える。認めたくなかった現実。もう覆すことはできない。でもこうして、隣の彼女――さっきまで互いに別々の方向を向いてそしらぬ顔をし合っていた彼女――と、どこへもぶつけようがないやるせない思いを共有できたことがせめてもの救いだ。

新幹線の切符をこれから買うのなら、別によかったのだ。今日中に家に到着できればまったく問題ない。ところが、新幹線の切符はすでに鞄のなかにある。日付と時刻と座席ナンバーが印字された、世界に一枚しかない切符が。

それまた人身事故ということで、運転再開までに少なくとも1時間はかかるとのこと。ストップしたのは小さな駅で、他社の電車に乗り継ぐこともできない。何事もなかったかのようにすわって文庫本を読み続ける人、ホームに降りて電話をかける人、駅員に詰め寄る人たち。乗客の反応は様々だ。さて、私はどうしようか。新幹線の発車時刻より約1時間前に名古屋駅に到着するよう余裕をもって友人の家を出てきたつもりだが、果たして間に合うのだろか。どうにかこの駅を脱出しなくては何もはじまらない。

・・・と、作戦を練りはじめていた私の耳に素晴らしい吉報が飛び込んできた。振替輸送だ。向かいのホームに次に来る電車に乗れば、JRに乗り継ぎができる駅に行ける。そうすればもうゴールは見えたようなものだ。間に合うかもしれない。ホームでその電車を待ちながら携帯電話で時刻を検索する。おっ、これは・・・目の前に差し込んだ明るい光は、束の間のものでしかなかったようだ。最短でも名古屋駅到着は新幹線出発の1分前。この大混雑をくぐりぬけて新幹線に乗り込むには(大混雑でなくてもですね)、どんなに頑張っても不可能である。

あきらめるしかない。そもそも、安全に無事で帰宅できればそれで十分なのだ。ただ私は新幹線の切符を買いなおせばよいだけなのだ。悔しい思いになんとか折り合いをつけながらも、鞄のなかの切符の行く末を確かめてやらなければとチケットケースを取り出す。緊急事態のときにしか読まないであろう契約文書のような細かい文字を目で追っていく。すると、「あっ、この子、まだ半分生きている!」 出発時刻前にキャンセルを伝えれば、その半分は返金してくれるとのことである。これがJR線の事故によるキャンセルだったら全額戻るらしかったが、残念ながら私鉄の場合は認められない。私鉄とJR、振替輸送するほどの仲だったら、とことん仲良くしたっていいのになぁ。

1年ぶりの帰省。1年ぶりの帰り道の、まさにその電車がストップして新幹線に乗り遅れるなんて。私のそんなタイミングの良さには驚くばかり。でも本当は、こうして無事に帰宅することができたことこそありがたいことなのだ。人生、いつも安全でスムーズで、無事に生きていられることが当たり前だと思っていてはいけない、ということに気づかされた最終日の最終の出来事でした。

家に帰るまでが帰省です。無事家に帰りついたので、記録もこれでおしまいにします。

帰省3日間、とても楽しかったです。ありがとうございました!

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