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2011年3月13日 (日)

地震(2)

午後6時に会社を出た。大通りに出ると、歩いて帰る大勢の人で歩道が混雑していた。私もその流れにまぎれる。順に通過していく駅は、ものすごい人であふれていた。JR線は完全な運休が決まり、シャッターが下ろされていた。タクシーや公衆電話にはとても長い行列ができている。

私も、姉に電話をしたかった。ホテルに泊まってねという母への伝言はつたわったのだろうか、そして、ホテルは見つかったのだろうか。母をひとり残して私はいつものアパートへ帰るなんて、本当によかったのだろうか。母からはいまだにメールが届かない。
けれど、公衆電話の行列はあまりにも長く、もうすこし先にすることにした。

気づくと、それまで一緒だった大勢の帰宅する人たちの集団がいつの間にか散っていて、わたしはひとりになっていた。山手線からはずれたからだろう。地図を見て、行くべき方向を確認する。

しばらく歩いたところで、すいている公衆電話を見つけた。「お母さんから連絡あった?」 あまりに気が急いて、叫ぶように言ってしまう。「ホテルのロビーで寝かせてもらえることになったって」 ああ、よかった。ここまで、母が確実に夜を明かせる場所が定まらないまま、母を知らない土地にひとり残したまま、自分だけ家に帰る後ろめたさをひきずって歩いていた。それがすこし軽くなってほっとした。姉の声を聞いて、ほっとした。

と、そのとき。ポケットに入れていた携帯がブルブルふるえはじめた。15件ほどのメールが一気に入ってきた。現在の時刻は午後8時30分。午後4時ころからのメールがいまになってやっと、届いたのだ。「なんとかするからいいよ」「フジテレビ前」「わかった」母からのたくさんのメール。私の送ったどのメールへの返事なのかももうわからない。私も必死で送っていたけど、母もとにかく必死だったのだ。どうやら母へは私のメールがリアルタイムで届いていたようだ。

母のメールにまぎれて、同じ東京にいる友人からのメールや、実家のある岐阜の友人から、私の安否を確認するメールが届いていた。思わず、涙があふれた。地震がこわかったのと、いつまでかかるかわからない、道もわからないひとりの帰り道の心細さのなか、急にあたたかいものにふれて、本当に泣けてきた。

でも、こんなところで泣いているわけにはいかない。少しでもはやく家にたどりつきたい。こうやって無事に生きて歩いていられることに感謝しなくてはいけないのに、私は何をやっているのだろう。

再び歩き始めたが、線路沿いに道がない部分があり、どんどん線路から離れていった。どこへ向かっているのか。不安がどんどん大きくなる。でもとにかく進まなくては・・・歩みを止めることはできない。1時間くらいたっただろうか、ある私鉄の駅にたどりついた。そこに立っていた駅員さんに、「M市方面へはどう行けばいいですか?」 と尋ねた。親切に、丁寧に教えてくださる。この国道に出てまっすぐ進んで行けばつきますよ。ただし、相当時間はかかります、と。

20分ほど歩くと、その国道にぶつかった。そして、大勢の人たちの流れが見え、ほっとした。もう大丈夫だ。これを進んでいけば、確実に家に行ける。

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