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2011年8月

2011年8月31日 (水)

こっち向いて!

けさ、いつものようにベランダを見ると・・・

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モモちゃんが、こちらを向いていました(ひまわりの首って、ほんとうに自由自在なんですね)!

お日さまが沈んだ夜のうちに、こっちを向いたんだね。かわいい! もしかして、さみしくなって私のことを探していたのかな。うんうん、私はこっちにいるよ(親バカです)。

台風が来るというので、3人をけさのうちに部屋のなかに入れてやっておきました。玄関のすみっこに。

夜、帰宅した時、モモちゃんはどっちを向いていたと思いますか?

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ほぼ真上を向いていました。

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2011年8月30日 (火)

おめでとうと、ありがとうを。

モモちゃん。

Momochan
ママやメメよりもひとまわり小さく、無邪気に、花を咲かせてくれました。

「ね、私も、咲いたよ! みてみて!」

小さくて茎も細いけれど、芯は強くてしゃんとしている。

花を咲かせることができて、ほんとうに、よかったね。

おめでとう。

それからね、咲いてくれて、ほんとうにありがとう。

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2011年8月29日 (月)

夏が過ぎ去るまえに

つくつくぼうしの声はまだ聞こえないけれど、徐々に、夏が遠ざかっている気がする。

つい最近まで、午後7時にまだ昼のような明るさだった帰り道が、いまではもうすっかり暗闇だ。
虫の音も、はっきりと聞こえるようになってきた。

あまりにも暑い日と秋のような涼しい日がまだらにあらわれた今年の奇妙な夏も、まもなく終わろうとしている。

過ぎ去ってしまうのだと思うと、あんなに暑くて苦しかった日々もさみしくさえ感じられてしまう。
夏がまだここにいるうちに、もっと君を感じておかなければ、なんて。

**

  あけっぱなした窓が青空だ

  見上げればこんなに広い空がある

空。夏にしか見られないこのどこまでも深いブルーを、白い雲が似合う青を、そしてどこまでもつづく広さを、もっともっと感じたい。

この俳句の作者は、住宅顕信(すみたく・けんしん)。彼は、骨髄性白血病にかかり、25歳の若さで亡くなった。創句期間は死の直前までの2年8カ月。
病気が発覚し、離婚。誕生したばかりの長男を引き取り、病室で育てたという。

その冷たい病室から、彼は一体どんな思いで、空を見上げていたのだろう。

**

  若さとはこんなに淋しい春なのか

  淋しさは夜の電話の黒い光沢

  両手に星をつかみたい子のバンザイ

  抱きあげてやれない子の高さに坐る

この本を広げるたびに、あまりにも、痛々しくて、本を閉じてしまいたくなる。

彼が抱えていた淋しさは、推し測ることができない。私が彼の気持ちになることは決してできないし、浅い部分しか感じ取ることができないのかもしれないけれど、それでも光を見出そうとする彼の俳句には、心を打たれる。

  許されたシャワーが朝の虹となる

  お茶をついでもらう私がいっぱいになる

  地をはっても生きていたいみのむし

すべて、『ずぶぬれて犬ころ』俳句-住宅顕信 版画-松林 誠(中央公論新社)より

++

あともう少し、夏を、夏の広がる空の下を、熱い気持ちで駆け抜けたい。

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2011年8月28日 (日)

メメの開花~みてみてお顔!~

メメが、
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ひらききりました!

真正面から見たメメ。

右側と左側の、花びらの長さが違います。

うしろから見てもね、ほら
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ね。ちょっとぎこちない。

ママは、左右対称でととのった顔立ちだったけれど、メメはそうではないのね。

それがまた、たまらなくかわいい。ひらくときも、少しずつ、少しずつ。ぜんぶひらいても、ちょっとはずかしそうな顔が、いじらしいなぁ。可憐だなぁ。

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<身長 8月28日現在 メメ…107cm ママ…102cm モモちゃん…94cm>

一週間前(8月21日)と比べて メメ+1cm ママ±0cm モモちゃん…+7cm。

まだ伸びている、モモちゃんのいまのお顔は、

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自由気まま。ちょっぴりやんちゃな感じかな。

メメ、ママとはまたちがうモモちゃんの開花も、楽しみです。

   

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2011年8月27日 (土)

元気のみなもと、ビッグサイズ!

けさのメメ。

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半分まで来ましたよ!

ママは、あっという間にひらいたのに、メメはゆっくりゆっくり、ひらきます。

*

今日はまたひとつ、新しい出会いがあった。

翻訳学校時代からお世話になっている先生を通じて巡りあうことができた出会い。

ちょうど1年くらい前、先生に、本の翻訳(英訳)のお手伝いをさせていただけるという信じられないお話をいただいた。お手伝いは今年の春ごろまでさせていただいて、いまはネイティブチェック。念入りにチェックをしたうえで、さらに英語の読み物となるように、本として成り立つように、いまもずっと続けられている。

(その、ネイティブチェックをしていらっしゃる方に、今日、お会いすることができたのです!)

その本の日本語を英語に訳しただけでは、very strange で、英語の本としては成り立たないのだそうだ(ということを、私は初めて知ったのですが、英語→日本語の場合もやっぱり同じことなのかな)。

英語の読み物となるように構成しなおす必要がある。下訳をさせていただいた本が特にそうだったのかわからないけれど、過去(主人公の回想)と現在が、文章のなかに代わる代わる出てきて、そのことに大変悩まされるのだと、おっしゃっていた。いま話しているのは一体いつなんだ! と。

++

夕方の渋谷駅ハチ公前。

彼女は、日本刀を持って私たちのまえにあらわれた。・・・ではなくて、日本刀をモチーフにした長傘(売っているところは見たことがあったけど、実際に使用している人ははじめて見ました)を持ってあらわれた。

とても陽気で気さくで、何かを言うごとに笑い、私たちを楽しませてくださる。

おしゃべりの量も、笑い声も、カラオケの歌声も、身振り手振りも、食事(彼女おすすめの、とてもアメリカンなステーキ屋さんに行きました)の量もぜんぶ、驚くほどのビッグサイズ。だからこんなにパワフルなのか、と思う。たくさん元気をもらった。

またひとつ、新しい出会いに、ありがとう!

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2011年8月26日 (金)

開花に向かって今日もまた少し・・・!

けさの、メメのうしろ姿。
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おや?

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おやおや??

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おやまあ!

ぴらり、ぴらりと順序よく、すこーしずつ、ひらいていくのだね。
全部の花びらがいっせいに、ぶぁーっとひらくかと思いきや、実際はこんなふうなのだ。

朝、6時30分。
身支度を済ませ、家を出るまえのほんの5分足らずの時間だけど、毎朝こんなふうにメメたちを眺め、触れ、水をやり、写真をとるひとときが私は大好き。
夢中になりすぎると家を出るのが遅れてしまい、駅までダッシュ!するはめになるのだけど・・・。

今日はね、わたしたちのもとへ、

こんなスペシャルなお客さんも来てくれたんです。

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また遊びに来てね!

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2011年8月25日 (木)

七変化とヤクヨウサルビア

最近、またふたつ、花の名前を覚えた。

<その1>

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こういうピンク色をしたもののほか、オレンジ色のものなどもよく見かける。

名前がわからないものだから、見るたび反射的に心の中で「あじさいのちっちゃいやつ」とつぶやいていた私。

ずっと気になっていたこの子の名前。

友人との散歩中に出会えたので、教えてもらったその名は、

『ランタナ』

和名はシチヘンゲ(七変化)だって! 花の色を次第に変えていく。

あっ! ね! ほら。ピンク色のなかにも、ちらちらと黄色いつぶつぶがちりばめられているのが見えるでしょ!

あじさいとはまったく別の種類だそうだけど、いろいろな色、さまざまな表情を見せてくれるところは似ているのかもしれない。大きさは、あじさいとは違って小さい。ちょうど、親指とひとさし指で輪っかを作ったくらい(私の指で)の小ぶりでかわいらしいお花。

<その2>

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青紫色をしている。さっきのランタナのかわいらしさと比べると、こちらはきれいなお姉さまという感じ。

こちらも名前がわからないものだから、見るたびに「濃い紫をしたよく見る花、こんど絶対名前を聞いてみよう」と、心の中で唱えていた。

同じく、運よく友人との散歩中に出会った。友人が葉っぱを指でぎゅっとやってから、その香りを嗅ぐ。私も真似してやってみる。この花の名前は、

『セージ』

和名は、ヤクヨウサルビア(薬用サルビア)。本当だ! 花の形が、サルビアそのものだ。そして、すっきりとしたいい香りがする! この子、ハーブだったのね。ハーブティーやソーセージでおなじみの。

名前を知るのは、面白いな。親しみが増して、花に近づくことができたような気持ちになる。

私が名前をつけたひまわり。ママに続いて、メメ、モモちゃんの開花もとても楽しみ!

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2011年8月23日 (火)

美しく枯れゆくこと、そして新しい種をつけること

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日曜日のメメ。

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モモちゃん。なんてきれいなつぼみでしょう。妖精の冠みたい!

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<身長 8月21日現在 メメ・・・106cm ママ・・・102cm モモちゃん・・・87cm>

1週間前(8月15日)と比べて メメ+8cm ママ±0cm モモちゃん+9cm。

メメが、ママを追い越しました! つぼみをつけてからの勢いがすごいなぁ。

それから、実は一番見てほしいのが、いまのママです↓

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枯れゆくママ。少しずつ前のめりになっていく。この姿が、愛しくてたまらない。思わずほおずりしたくなるくらい。開花のときには飛び跳ねるような嬉しさでそれを受けとめたけど、いまのママに対しては、それとはまた違うあたたかい深い気持ちが自分のなかに沸き起こっていることに気づく。

下の2枚は、毎日通勤途中に出会うひまわりさんたち。道の端の花壇にずらりと、約80体ほどの子たちが元気に育っている。いまは、思い切り咲ききったあと、新しい種をつくる準備に入ったところだね。

Hima2
Hima1
うつむく姿はやはり、たまらなく、いとしい。

美しく、枯れゆく姿。

種から芽を出しぐんぐん育ち、一生をまっとうしたひまわりさんは、こうして新しい種を生み出すことに専念しているのだな。

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こういう姿を見ていて、考える。

美しく、枯れゆくこと――これが、どんなに大事なことなのか。

本当は、ずっと咲いていたいにちがいない。もっともっと太陽の光を浴び、もっともっと空に向かってどこまでも伸びていきたいに、ちがいない。

だけど、枯れる時が、やってくる。枯れなきゃいけない時が、やってくる。生きていられる時間は、決められているのだ。

その時が来たら、自ら美しく枯れていく。なんと、潔いことでしょう。

「もっと咲いていたいよ。枯れたくないよ」なんて駄々をこねずに、潔く。

そして、新しい種をつくることに専念する。新しい命に、いまの自分の命を託すのだ。

*

ここ数カ月、どうにも気持ちの切り替えがうまくいかないことがあった。切り替えようとしても、ちっともうまくいかない――うまくいかないなんていうのは言いわけであって、切り替えようとしていなかっただけなのだ。ずるずるずるずる、甘えていただけなのだ。

「枯れないように、枯れないように」ということはよくあるけれど、逆に、枯れさせなきゃいけないことや思いというものもある。枯れなければ、新しい命を生み出すことはできない。生まれ変わらなきゃいけないときもある。

そこには、強い気持ちが必要だ。これまでの自分を全部ひっくり返さなきゃいけないかもしれない。みじめで、怖くて、悲しくて、くやしくて、後ろめたい思いだってしなきゃいけないかもしれない。

でも、生まれ変わるには、必要なことなのだ。枯れなくては、新しい種は作れない。

それなら、ぐずぐずみっともなく枯れるよりも、美しく、潔く、枯れてみたい。

ひまわりを見ていて、そんなことを思った。

枯れることも、大切。枯れることこそ、大切なのだということを。

それに気づいたとき、私の心のなかでも、何かが解き放たれた。
それと同時に、新しいキラキラしたものが、降って来たような気がした。

新しい種を作ろう。新しく、種をまこう。

これまで、ずっと手を伸ばしてもどうしても届かなかった高い空。でも、空を見上げながらぐんと伸びていこうとしたその気持ちは、忘れない。その気持ちを持ち続けながら、新しい芽を出し、新しい眼でまた空を見上げよう。周りを見渡してみよう。

そうすればきっと、新しい日々や新しい人、もの、こととの出会いがたくさんあるにちがいない。きっとまた、出会えると思うから。

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2011年8月21日 (日)

健康診断のススメ

月に一度、がんについて学ぶ公開講座のようなものを聴きに行っています。

きのうのテーマは、卵巣がんと子宮体がん。
これまでには、大腸がん、乳がん、子宮頸がん、膵臓がん、前立腺がんなどの回に参加させていただきました。

がんセンターなど、最前線で治療や研究をしていらっしゃる先生のご講演のほか、実際にがんを体験して克服された方々のお話も、症状から心境までとても詳しくお聞きすることができ、毎回大変勉強させていただいています。

毎回、どの先生も言われることが、早期発見、早期治療、ということ。今の時代は、がんは不治の病ではなく、治るものであるということ。現在日本では、がんにかかるのは2人に1人なのだそうです。この数字を聞くと怖くなりますが、でも、がんは治る。そのためには、とにかく早く見つけてあげることが大切なのです。

大腸がんの講座の時、がんを克服された男性から体験談を伺いました。走ることが大好き。ランニングコーチをし、健康そのものであるかと思われたある日。健康診断の結果に、便潜血反応陽性の判定が出たのだそうです。けれど、特に体調も悪くないし・・・と、精密検査を受けずに放置。その翌年も同じように判定が出たけれど、また放置。

ずい分と月日がたったある日、トイレで、恐ろしいほどの異常をはじめて自分の目で確認し、こわくなって病院に駆け込むと、伝えられた病名は大腸がん。それも、診断が下ったときにはすでにかなり進行して危険な状態だったそうです(でもその方はそれを乗り越えて、すっかりお元気になられていました)。

どのがん体験者の方も言われることは、とにかく健診を受けてください、ということ。がんによっては、進行するまでほとんど症状が出ないものもあるのです。その場合、発見するきっかけとなるのはやはり健康診断。定期的に病院に通っていない限り、早期発見は難しくなってしまうのです。

私はいま、健康診断の施設に勤めています。医師でも看護師でもなく予約受付係の私が偉そうに言えるものでもないけれど、健康診断は大切! もっと健診を! と言いたいなぁ。

市区町村が実施している健診や、会社で加入している健康保険の健診など、種類や組み合わせは数限りなくあり、100人いれば100通り、といえるくらい。基本的な健診と合わせて自分の体の気になるところ、年に一度のことなので、しっかり調べてみるといいのかなと思います。

私の勤めている施設では、基本的な健診と合わせて独自のオプション検査を実施しています。ときどき、全部やります! という方がいらっしゃいます。まるで、ケーキ屋さんに行って、「ショーケースのケーキ、はじからはじまで1個ずつ全部!」という感じ。それだけで万券5枚くらいとんでいってしまうけど(あくまでもうちの施設の場合)、でも本当に、一年に一度くらい、自分の体をしっかり見つめてあげることが必要だと思います。

私ももちろん健診、大好き! 自分の体のことを知るのは面白いです。生まれてから今この瞬間もずっと体をめぐっている血液の状態が、目で見てわかる数字で表現されるなんて! 目の前で、自分の胸や胃のなかを見ることができるなんて! 

先日は初めて、子宮がん検診(子宮頸がん検診。市区町村や各健診施設が「子宮がん」という場合、ほとんどの場合が子宮体がんではなく子宮頸がんです)、乳がん検診も受診しました。初めてだと少し不安で緊張しますが、子宮がんはあっという間に終わります。乳がんエコー検査は、痛みもなく楽な気持ちで受けられます。マンモグラフィーは、痛みを感じる方もいらっしゃるかもしれません。

ピンクリボン(乳がん)、ティールアンドホワイトリボン(子宮頸がん)、パープルリボン(膵臓がん)など、いろいろな色のリボンが目印となって、がんの啓発・撲滅を目的としたキャンペーン活動が実施されています。がんのことをよく知り、早めに受診をし、少しでも早くやっつけて、ひとりでも多くの命が助かることを、願います。

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2011年8月19日 (金)

人と人とを結ぶ糸

きょうは、送別会があった。

久しぶりの大勢での飲み会。こういう場ではいつも、緊張してしまう。たくさんの人の前でのおしゃべりがちょっと得意ではなくて、いつもはじっこのほうの席を選んで座ってしまう。

でも、おいしい食事と飲み物を囲んでのにぎやかな雰囲気、決して嫌いではない。楽しいおしゃべりで場を盛り上げてくれる人たちのことが好き。笑いあう人たちの顔を見るのが好き。私も、その輪の一部分となって、思い切り笑わせてもらえることがとても嬉しい。きょうは、本当に、腹の底から、いっぱい笑ったなぁ。

ありがたいことに、この私にも、多くはないけれどさまざまな人との結びつきがある。会社の人間関係もそのひとつ。それは家族や友人ほど強いものではないけれど、でも毎日顔を合わせているわけだから、時間的にも大部分を占める重要な人間関係だ。

けれど、会社の人ととことん仲良くなれることはなかなかない。楽しく心地よく仕事をする仲であっても、お互い私生活にまで踏み込むところまではなかなかいかないものなのだ。仲良くなることも、ときには、あるのだけれど。

そういう、つかず離れずのような人間関係も、あってもいいのかなと思う。

私のわるいところもよいところも知っていてくれて、どこまでもつきあってくれる友達や家族との関係はもちろんほかとは代えられないほど大切なのだけど、

でも、ドライな人間関係も心地よいもので、必要なものなのかなとも私には思える。

いろいろなことを考えず、腹の底から笑う日があっていい。

私の小さな悩みや、家族のことや、翻訳者への夢のこと。そのほか私生活のことやメールアドレスなんかを知らない人たちとだからこそ、力を抜いて思う存分笑える、そういうこともある。あってもいいのだと、思う。

*

3月11日の地震が起こる前は、あまり、感じることがなかった――こちらに身内や親戚がいるわけでもなく、ほいっと都会にやって来た私だけど、特に、心細いとかそういうことを、感じたことがなかった。

けれど、あの地震の日を境に。都会にひとり、とりのこされたら、私はどこへ向かって歩いて行けばいいのだろうか。どこを、何をめざせばいいのだろうか。考えてもしかたがないけど、時々不安に押しつぶされそうになった。
でも、同じ敷地内には私の顔を知っていてくれる大家さんがいるし、幸運にも、都会生まれの親しい友人がいてくれるので、万が一の時にはそちらに向かって歩いていくことに決めてある。

細くても強い糸か、やわらかな毛糸か。それともたこ糸、綱引きみたいに太い綱? 
私と人とを結びつけてくれている人間関係の糸はほんとうに、さまざまだ。どれもこれも、私にはなくてはならない一本一本の糸。ピンと張ったり、ゆるんだり。結び目が出来たり、ほどけたり、時には見えなくなりそうになったり。いろいろあるけど、それでも切れずにつながっていてくれるそういう糸を、大切にしていかなければと思います。そういう糸があることを、糸の先に、ひとがいてくれるということに、感謝しなきゃなと思います(なんだかまとまらない話になってしまいました・・・)。

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2011年8月17日 (水)

いただきものの手作り味噌と梅干しで

「手作り」することをを楽しんでいる友人から、いただきました。

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びんにいっぱいの梅干しと、

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手作りの味噌。

おうちで味噌を作っちゃうなんて、すごい。

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まずはごはんとみそ汁で、そのおいしさを味わいました。

手作りの梅干しは、ザ・梅干し! という感じで、口に入れた途端、ぎゅーっと目をつぶって思い切りすっぱい顔をせずにはいられないようなお味。すっぱーい!! でもこれがたまらなくいいのです。大粒でやわらかくて、赤紫蘇と一緒に仲良く漬かっています。赤紫蘇も、友人が種から育てたんだそう。

この前いただいたカリカリ梅の、カリカリ食感も楽しくて次々食べてしまったけれど、こういうやわらかすっぱい梅も大好き! 白いご飯に梅干しは最高です。

毎日、お弁当の白ご飯の真ん中に、この梅干しをぶちゅっとのせて持っていく。お昼にこの梅干しを見て、食べれば一気に元気回復。ようし、もう半日頑張ろう! と思えるのよ。

みそ汁は、お汁をのんでいるとまるごとのお豆があらわれたり、細かくなった粒々がたくさん入っていてお豆の味を堪能できました。やさしいお味で心もほっこり。じっくり時間をかけていいお味に育っていくその日々のことがじんわり伝わってくるようでした。いいなぁ、手作り味噌。

私は、岐阜県で育ったとはいえ愛知県名古屋市にとても近い地域だったため(ひそかに都会人アピール)、食文化はほぼ名古屋と同じ。冷蔵庫に入っているのはもちろん赤みそ。毎日赤だしが欠かせなかったわけだけど、実はこういう色のうすい味噌も好き。

おでんやとんかつにかける甘い味噌も好き(つまり味噌はぜんぶ好きなのね)。

ですので、五平餅をつくってみました。

Gohei

五平餅。

岐阜にいたころは、日常的に登場する食べ物(たこ焼きやみたらしなんかの隣に売られている)だったので、全国共通食べ物かと思っていたら、そうでもないことを知りました。長野や岐阜、愛知あたり、中部地方のものらしい。

軽くつぶしたご飯をこんなふうに割り箸にくっつけて焼き、甘い味噌をぬって焼いたもの。

甘味噌に、私は白ゴマを混ぜ込んだけれど、地方によってはクルミを入れたり、味もいろいろ。形もいろいろ(長野のほうに行くと、みたらしだんごみたいな形になる)。

ぱりぱりっとした外側のご飯と、もっちりした中身のごはん、その上で香ばしく焼けた甘味噌がとてもおいしい五平餅。友人の手作り味噌が、最高においしかった。

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2011年8月16日 (火)

あたらしいつぼみがふくらんで・・・

つぼみがふくらんできました。

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上がメメ。下がモモちゃん。ふくらみかたが、それぞれちがうのね。
でも、太陽に顔をむける傾き具合は一緒なんだ。ほほえましいなぁ。

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ママ。開花から1週間経ちました。本当に、精一杯咲いてくれている。
上のほうから順に花びらが乾いてきて、それと同時に真ん中のちゃいろい部分が日に日にふくらんでいきます。種をつくる準備かな。小さくて窮屈なプランターのなかで育ってくれたちいさなひまわりだけど、種をつけてくれるといいなと思います。

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<身長 8月15日現在 メメ・・・98cm ママ・・・102cm モモちゃん・・・78cm>

約1週間前(8月7日)と比べて 、メメ+9cm ママ+4cm モモちゃん+12cm

つぼみをつけたメメとモモちゃん、一気に背を伸ばしました。メメちゃんが、ママに追いつきそう! メメとママの身長の差をみると、1週間前には19cmだったのが、今回はわずか4cmに。花を咲かせるために、少しでも太陽に近づきたい気持ちなのかもしれないな。

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よつばは見つからないけれど、ずっとひまわり親子の隣にいてくれるみつばちゃんたち。背をのばしては枯れ、また新しい仲間が伸び・・・を繰り返して、途絶えることなくけなげに生きていてくれるんです。ふっとよつばが見つかったら、私は嬉しくなるに違いないけれど、でもそのままで、みつばのままでいてほしいなんて気持ちもある。

やさしくたくましく生きていてくれる私の大事な植物さんたち、いつもありがとう。

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2011年8月15日 (月)

夏の思い出、夏への思い

「夏になると必ず、小学生のころ過ごした夏を思い出すよね」

「そうして、妙に切なくなっちゃうんだ」

先日友人と、上のような会話をした。

毎朝、首にカードをぶらさげてラジオ体操に行ったこと。ずっと続く田んぼ道を歩いて通った学校のプール。そのときの麦茶の味。登校日に見た原爆の映像。盆踊りの太鼓の音。家に持ち帰った水風船がだんだんしぼんでいくのを見ていたこと。父に連れて行ってもらった隣町のプール、帰り際に、姉と私に必ず1本ずつ買ってくれるつぶ入りぶどうジュースがとても楽しみだったこと――挙げればきりがない。

冬ではなく春ではなく秋でもなく、夏なのだ。よみがえってくるのは、いまはもう宝物のようだけれど、あのとき確かに過ごしていた夏の日々のこと。

こうやって自然に思いだす夏もあるけれど、それとは逆にもうひとつ、意識的に思いだそうとする夏もある。

Okinawa

これは、学生時代、沖縄旅行をしたときに訪れた佐喜眞美術館で購入した本(『おきなわ 島のこえ ヌチドゥ タカラ(いのちこそ たから)』丸木俊 丸木位里 小峰書店)である。

当時、卒業論文でお世話になっていた小学校の先生(教育関係の研究をしていたため、小学3年生のクラスに密着していたのだ)が、沖縄に行くならぜひここに行きなさいと勧めてくださったのが、この美術館だった。

『沖縄戦の図』の前に立ったとき、描かれているのは目を背けたいようなものなのにもかかわらず、背けることも出来ず、その場から動けなくなったことを思いだす。丸木夫妻がこの絵にこめたもの、伝えようとしていること、あまりにも強い力でこちらに迫り来るそういうものたちが、私を動けなくさせたのだ。

『おきなわ 島のこえ』では、沖縄の風景などがとても美しい色合いで描かれている一方、戦争のなかにある人びとの絵や文章はとても生々しく、初めて知る恐ろしい事実もあった。折にふれては本棚から引っ張り出し眺めていると、美術館でそうなったようにやはり目を離すことが出来なくなる。

絵本の最後の「絵本にそえて」というページに、丸木俊さんのこんな文章があった。

『「ひろしまのピカ」がアメリカで出版されたとき、「とうさんのからだに、あながあいとる」という文章を「おとうさんが、けがをした」と、訳してあった。“落とした国のものには、落とされた人間の苦しみがわからない”と、言ったものでした』

一冊の本のなかの、大切な一文。丸木俊さんがこめた思いとは、どれほどのものだったのであろう。そういう思いがすっぽり消し去られたように、伝えようとしていたものが、言語が変わったことによって伝わらなくなってしまうなんて。

*

照りつける太陽のしたで思い出す輝くような夏の思い出と、忘れてはならない出来事と。

静かに考えること。そして、笑顔を作って元気に過ごすこと。8月も半ばをすぎたといっても、まだまだ長い夏、大切に過ごしていきたいと思う。

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2011年8月12日 (金)

暑さにかなわないものたちと、元気に生きるものたちと

暑いです。

実家の冷蔵庫が故障したと、姉から連絡がきた。でも無事に今日、新しいものを注文できたとのこと。

ついでに、洗濯機も新調したもようである。ずっと二槽式のものを愛用していたけど、いよいよ全自動デビューなのかな。

機械も、この暑さにはかなわないのか、

いままさに文字を打ち込んでいるこの子(ノートパソコン)も、最近具合がわるい。

「予期せぬシャットダウン」をたびたび起こす。
「お待ちください」と表示されたまま、どれだけ待っても起動しない。
ある日には、アウトルックのメールが立ちあがらない。
突然、固まる。

などなど、症状は多岐にわたる。

あとおかしなことと言えば・・・。

先日、パソ子(このパソコン)に大きな変化が起こっていることにふと気づいた。

そういえば、いつも聞こえていた「ブォー」という音が聞こえない。やけに静かだと思ったら・・・。
パソ子、いつからそんなにおとなしくなったの?

パソコンのことはよくわからない私だが、あの音が、熱くなるパソ子を冷やすための音だということはわかる。

音がしない・・・ということは、その機能がうまく働いていないということだ。
ということは、熱くなっても冷やされていない、ということだ。

このままではパソ子が熱さでやられてしまうではないか。

心配になり、いろいろ検索して得られた対策(たとえば冷却ファンの部分に掃除機を当ててほこりをすいこむだとか)やってみたけど、改善されない。

どうしよう。修理するのがいいのか。修理には一体どれくらいの費用と時間がかかるのか。

わからない。
わからないときは、わかる人に話を聞くのが一番だろう。

パソ子を購入した家電専門店に行き、パソコンコーナーにいた何人かの店員さんのうち、これぞという人に思い切って話を切りだした。

<私>  あの、教えていただきたいのですが・・・(パソ子の症状の説明)、こういう症状は、どうなのでしょうか。

<店員> (深刻そうに)それは、とてもまずいです。いつ電源が入らなくなってもおかしくありません。

修理費用は、どうやら一万は越えるらしい。いろいろな点をふまえて、新しく購入したほうがいいですよと勧められた。

<店員> 以前と比べてメモリも増えていますし、CPUもこれくらいでよければ、この価格で購入できますよ。

ふむふむ。あぁ、本当だ。いまのパソ子と比べてメモリの数字が4倍になっている。すごい! CPUという言葉がわからず説明してもらいながら、そうかぁ、もしパソ子の具合がよくならなかったら、パソ子とはお別れしてあたらしい子を買わなきゃいかんのかなぁ・・・、なんて心のなかで考えた。

それにしても、まだこのパソ子との付き合いはやっと4年が経過したというところ。別れはそんなに早く来てしまうものなのか。前の子とは、7年くらい仲良くやっていたから、とても早い気がしてしまう(ノートパソコンの寿命はどれくらいなのかわからないけれど)。

パソ子に扇風機を当ててやりながら(何の改善策にもなっていないかもしれないけれど)、いまも共に過ごしているけれど、いまは私のために元気に役目を果たしてくれているけど、パソ子、元気になってほしいなぁ。思いついたように、冷却ファンが再び回転しはじめてほしいなぁ(なんて、無謀な望み)。

**

ママは、きょうも元気。朝の光に思い切り顔を向けていた。

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2011年8月10日 (水)

開花

~ママの開花~

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咲いたよ! 咲いたよ!

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横顔も

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うしろ姿も

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細かいうぶげを生やした首すじも

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どれもこれも、愛しくてたまらない

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咲いてくれて、本当にありがとう

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2011年8月 9日 (火)

また少し・・・でも、じっと待つ。

けさのママ。

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すっかり、花びらが姿をあらわしました。うしろでカッとひらいているがくが、「さあ、思う存分咲きなさい」って言ってるみたい。

でもその一方、花びらは、「まだ、咲くもんか」と言っているように、私には見えてしまう。

例えば、桜やあさがおの場合。ぷっくらとふくらんでいるそのつぼみは、花になるときを待ちこがれているように見える。「早く咲きたいものだわ」と。それはもう、わくわく、嬉しそうな表情で。

けれど、ママ、メメ、モモちゃんのつぼみは、口をギュッと固く閉ざしたまま、「まだまだ、咲くもんですか」と無言で訴えているように見えてしかたがない(そう見えるのは、私だけかもしれないけれど)。花を咲かせる前に、私にはまだやらなきゃいけないことがあるのよ! と。

そして、覚悟が決まったら、ぶぁっと一気に威勢よくひらく感じ。

ただね、ママはちょっと気がゆるんだのか、上の一枚だけピラリとやってしまったみたいだね。でも、ほかの花びらたち数枚もモゾモゾしはじめているから、ひらくのはきっともう、すぐだよ!

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2011年8月 7日 (日)

少しずつ、少しずつ・・・

きょうのママ。

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うしろ姿。もうしっかり、何の迷いもなく光のほうへ顔を向けている。

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見えますか? 少しずつ。少しずつ。

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<身長 8月7日現在 メメ・・・79cm ママ・・・98cm モモちゃん・・・66cm>

一週間前(7月31日)と比べて、メメ+8cm ママ+6cm モモちゃん+6cm。

そしてそして、

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左がメメ。右がモモちゃん。花を咲かせる準備に入ったみたいです。

最近、虫がよくつくようになってしまって、ちょっぴり心配。この植物につく特有の虫らしく、葉っぱの色を変え、最後には枯らしてしまうのです。

ほんの3ミリくらいの、うす茶色のほこりみたいな小さな虫。朝と夜、必ず全部の葉のおもてと裏を確かめ虫をとってやるのですが、どうも追いついていないみたい。私のいない昼のうちにわるさをし終えてしまうみたいで、実際下のほうの葉っぱが何枚か落ちてしまいました(メメ、ママ、モモちゃん。しっかり面倒みてやれなくて本当にゴメンなさい)。

負けるな! めげるな! メメ、ママ、モモちゃん。きっと明るい花になれる。
夏の日射しをたっぷりあびて、元気いっぱい頑張ろうね。

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2011年8月 6日 (土)

夏が戻って来たよ!

夏が戻って来た。

最近くもりの日が続いていて気温もそれほど高くはなかったから、本格的な夏を少し忘れていた。

照りつける太陽とむし暑さ。蝉の声、夏の花。甲子園、全国各地での夏祭り、花火大会。そして、広島平和記念日。

そんなことたちが、夏のど真ん中にいることを私に伝えてくれたきょうの一日。

いつもの夏とは違う厳しい夏であること。そういう夏に対して人びとが様々な強い願いを持っていること。平和記念公園での式典の子どもと大人のスピーチを聞きながら、そういうことをもう一度しっかりと胸に焼き付けた。

*

少し、時間が逆戻りします。

それは、7月の半ばをすぎたある日のこと。

仕事を終えて家に着いたとき、郵便受けに少し大きめの茶封筒が入っていることに気づいた。封筒はB5サイズで、少しふくらんでいる。重くはない。差出人は、j さんだ。なんだろう・・・?

中から出てきたものは・・・

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素敵!!

やさしい色づかい。やわらかいタッチで描かれたあさがおの花。

うすももいろは、私の一番好きな色なのだ。

どうしてわかったのだろう。

お手紙も添えられていて、そこにはj さんの優しい言葉がひとつひとつ大切に綴られていた。

なんてやさしい・・・。
思わず、涙がこぼれた。それはもう、ぼろぼろぼろぼろと・・・(泣き虫! 本当によく泣く私でしょうもない・・・)。

どうしてわかったのだろう。

少し心がよわよわしくなっていたその日。ちょうどこんな日に、こんなにもやさしい贈りものとお手紙を私の手元に届けてくださったなんて。

これを見れば、たとえ心がトゲトゲしそうになっても、優しい気持ちになれる。弱っちい気持ちになりそうになっても、心を奮い立たせることができる。j さん、本当にありがとうございました。

贈りものって本当に素敵です。まるでその人が見守っていてくれるかのように感じられるから。

++

外で元気に咲くあさがお。

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ほら、夏だよ、夏だよ! って言ってるみたい。

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元気出る出る週末クッキングも楽しんでいます。

キムチピリ辛冷やしうどん。最近はキムチに夢中なのです。

つけだれは、めんつゆ+水+コチュジャン+白ゴマに、みじん切りのキムチ入り(私が考えたわけではなく、レシピを見てつくったもの。うどんの具は少し変えた。オクラが好きなのだ。星型のかわいい形も、味も、ネバネバも)。

夏はあまり得意ではない季節だと思っていたけど、夏が寝込んでしまっていたようなこの数日間はちょっぴりさみしかったし、心配にもなった。

やっと戻って来てくれた夏。もっともっと感じたい! もっともっと楽しみたい!

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2011年8月 5日 (金)

人生の魔法

『人は誰でも魔法を一つ持っている』

ある雑誌に、こんな言葉が紹介されていた。『魔女の宅急便』の原作者である角野栄子さんの言葉だ。

記事には、以下のようなことが書かれていた(内容を思い出して私がまとめたものです)。

「魔法というのは、『自分の好きなこと』。どれだけ繰り返しても飽きないくらいに好きなこと。空を飛んだり姿を消したりすることはできなくても、自分の好きなことで生きられればそれは魔法になる。その魔法に支えられていきいきと輝いて生きていける。その魔法は、早くに見つかる人もいるし、何年もかかる人もいるかもしれないけれど」

角野栄子さんの持っている魔法は、そう、『書くこと』だ。

「書くことがとにかく好き。でも、何かを伝えようとか意味のあることを書こうとはしない。自分のなかからふと飛び出してくるものや目に浮かんだ風景を言葉にしているような感じで書いている。そうやって出来上がった本のなかの世界を楽しんでいただけたら嬉しい」――そんなことが書かれていた。

『書くこと』が魔法・・・

私の心の中で何かがはじけた。

あぁ、私もだ! 私もおんなじ!!

私が翻訳を勉強したいと思ったきっかけはずばり、「書くこと」だ。書きたい。日本語を書きたい。書くことが好き。翻訳者への道のりはそこから始まった。

まだ本物の翻訳者になったわけではないから、しっかりと魔法にかかっている状態とは言えない。いまはまだ、魔法にかかりたい対象のものを見つけて、かかることができるようもがいているにすぎない。

大学を卒業してからいくつかの仕事を経験した(はずかしくていくつなのかは言えない)。どれもこれも、今度こそは魔法にかかりたいと思って必死でやっていたけど、残念ながらかかりきることができなかった。

今度こその今度こそは絶対に。翻訳への一歩は、そうやって踏み出された。

*

「俺、マジでサッカーすきなんすよ」

けさ、じっくりと見る余裕はないが朝の習慣でつけているテレビから、私の耳に飛び込んできた言葉。

昨日亡くなった松田直樹選手の言葉だ。

画面には、松田選手の笑顔。

それを見た瞬間に、思った。

――この人は、しっかりと魔法にかかっている。魔法の世界に入り込んでいる。

魔法にかかっている人の眼差しはものすごく強い。

ファンであるわけではなくサッカーにも詳しくないけれど、このひと言と、ほんの少しだけど松田選手が作ってきた足跡やサッカーに対する思いを知り、この人は心からサッカーを愛しているのだ、ということだけはとてもよくわかった。

「マジで、もっとサッカーやりたいです」

とても遠い存在である私が言うのも、とは思うけれど、本当に、その人の分まで生きたい、生きなければといま強く思う。

ようやく見つけたたったひとつの魔法に、今度こそ、しっかりとかかることができるように。「マジで翻訳好きなんです。マジで、もっと翻訳やりたいです」。心からそう言えるように。

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2011年8月 1日 (月)

光のほうへ

きのう、ママがこんなふうに傾いていました。

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ところが、けさ見てみると・・・

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背筋をしゃんと正して、元通り。ほぼ真上を向いていました。

つぼみをつけたとたん、光のほうへ顔を向けるようになったみたい。そのときにある、光のほうへ。きのうもけさもどんより曇っていたけれど、雲のうしろから差してくるわずかな光を探し求めていたんだね。

今日家に帰って見たときには、くいっと首を曲げ、また横を向いていました。

あぁ。なんてかわいい。光を求めてけなげに生きる姿。

カァーっと照りつける真夏の太陽が恋しいね。

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<身長 7月31日現在>メメ・・・71cm ママ・・・92cm モモちゃん・・・60cm

(写真が暗いし、何だかひょろひょろしてて元気がなさそうにも見えるけれど、元気いっぱいだよ!)

一週間前(7月24日)とくらべて、メメ+7cm、ママ+14.5cm モモちゃん+4cm。
ママ、つぼみをつけても、まだまだ背を伸ばすのだね。つぼみがついたからあとは花を咲かせるまでのラストスパートってわけじゃなく、ここからが肝心で、ぐんと伸びゆくことができるときなのかも。

空はもっともっと高いよ。どこまでもどこまでも、思う存分伸びておくれよ!

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