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2011年9月10日 (土)

小さな部屋から大きな世界へ

先月、イタリア・ボローニャ国際絵本原画展へ行って来た。

イタリア北部の古都、ボローニャで毎年開催されている絵本原画コンクールの入選作品を展示した展覧会(今年は日本人作家19人を含む、世界20カ国・76人の絵本作家が描いた380点が展示されていた)。絵本作家になるための登竜門としても知られている。毎年の楽しみで、ここ10年間くらい(実家のある中部地方にも巡回でまわってきてくれるので)欠かさず見に行っている。

世界各国のイラストレーターさんが描く絵本原画からは、それぞれ独特の感覚のようなものが伝わって来て面白く、たくさんの刺激を受けることができる。

それから、展示されている絵とともに楽しみにしているものが、会場内で観ることができる入選者へのインタビュー映像だ。作品にこめられた思いや日々の仕事のことなとが語られ、とても興味深い。

今年見た映像のなかで、ひとつ、心に残るお話があった。

銅版画で絵本づくりをしている女性作家さんの言葉。

「私はいつも、銅版画をとても小さな部屋で製作しているんです。小さな部屋から世界につながることができたということが、とても嬉しい」

というようなことをおっしゃっていました(私が思い出して書いたもので、そのかたの言葉通りではありません)。

うわぁ。なんだか素敵だなぁ。小さな部屋から、大きな世界へ。小さな自分が生み出したものが、世界のだれかのもとに伝わっていくなんて。

*

今週半ば、新聞記事を日本語から英語にするお手伝いを少し、させていただくことができた。

それをやり終えた時、ふっと、先ほどの銅版画家さんの言葉を思い出した。

ひとつひとつの新聞記事は、A4用紙1枚にも満たない短いもの。

そして、私は、翻訳者さんが本格的に訳す前の段階の文章を作る役目。(もちろん、全部の力をふりしぼって精一杯取り組むけれど)、「私→翻訳者→チェッカー→さらに本物に仕上げる過程がある」というわけだから、「私」の段階では、花にたとえれば種まきをしたところ、のような感じなのかもしれないと思う。「種まき→茎を伸ばす→花を咲かせる」というイメージ。

でも、ちっぽけな私がしている小さなことも、ちゃんと、世界につながるひとつのステップになっているはず――訳すときには、そういう願いだってしっかりと込めた。記事を書かれた記者のかたや、取材を受け記事に登場する人たちの思いが、世界の人に伝わりますように、と。

パソコンの画面の前にちょこんと座って、カタカタと指先を動かすこの作業が世界につながるのかと思うと、とてもわくわくするし、翻訳ってなんてスケールの大きな仕事なのだろうと、ますますあこがれが増してくる(和訳だったら、世界のことを吸収して日本中に広めることができるのだ!)。でもだからこそ、それだけ責任も重いのだとも思う。

翻訳にかぎらず、どんな仕事でも、あるいは仕事以外のことでも、そうなのだと思う。

自分のしていることが、知らないだれかにつながっていく。

ふと、ミスチルの「彩り」という歌が頭に浮かんだ。

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僕のした単純作業が この世界を回り回って 

まだ出会った事もない人の笑い声を作っていく

 (Mr.children 「彩り」より)

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小さな部屋のなかで小さなパソコンの画面に向かっているわけだけど、その向こうには大きな世界が広がっている。

翻訳修行をするときは、いつもそのことを忘れない。

いつか翻訳者として、小さな部屋からさまざまなことをたくさんの人に伝えることができるようになるために。そのことを教えてくださった銅版画家さんのように、自分の夢を実現して、大きな世界につながることができるように。

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