« 2012年1月 | トップページ | 2012年3月 »

2012年2月

2012年2月28日 (火)

大きな喜び、大きな悲しみ

東京新聞には、「けさのことば」というコーナーがある(岡井 隆さん選)。ちょうど私の手のひらくらいの大きさの小さなスペースに、その日のことばと解説が書かれているもの。

「大きな喜びを感じうる能力には、必ずそれに匹敵するほど大きな悲しみを感じうる能力が伴うものである。『モーム語録』(行方昭夫編訳)」

これが、けさの、けさのことば。

とても気になったので切り取らせていただきました。さらに解説には、

「イギリスの作家モームは両親の死後、叔父夫妻のもとで不幸な少年期を送った。掲出句は23歳の時の言葉。『鈍感な人は、強い喜びも感じない代わりに、激しい悲哀もあまり感じないから、羨しい』とまで言っている」

と書かれていました。

生きていればときどき、大きな悲しみに包まれることがある。激しく落ち込んでしまうことがある。

自分のそのような感情が人と比べて大きなものなのか小さなものなのか、それともちょうど標準くらいのものなのか。それは決してわからない。他人の感情を味わったことがないですからね。

でも、自分では、それは相当大きなものなのではないかと思っている(だれもが、自分自身の感情をそんなふうに捉えているのかもしれませんが)。

もはやこの悲しみから逃れることはできないのかと思うほどに激しく落ち込んだり。
だれにも見つからないところに隠れてしまって、ずっとそこにとどまっていたいと思ったり。

かと思えば、大きな喜びに包まれ、飛び跳ねるくらいに嬉しくなったり。
その喜びが大きすぎて押さえきれず、すぐにだれかに伝えたくてたまらなくなったり。

極端だ。ほんとうに、極端だけれど、そんなことのくりかえしのような気がする。

つらい少年期を送ったモームは、鈍感な人のことを「激しい悲哀もあまり感じないから、羨しい」というけれど、大きな悲しみを感じてしまう反面、大きな喜びを感じられることというのは、何とも素敵な能力ではないか。

ときどき出会ってしまう私の悲しみは、おそらくちっぽけすぎるものだからこういうことが言えるのかもしれないけれど、やっぱり、ほどほどの感じ方しかできないよりは、思い切り喜んだり思い切り悲しんだりしたいなと思う。

人生、思い切り、生きていきたい。自分の喜び悲しみも、周りの人の喜び悲しみも、それが大きなものであっても小さなものであっても、それを真正面から受け止めて自分の心で感じられる人でありたいなと思います。

これからは、大きな悲しみに包まれているときはこの言葉を思い出そう。心のどこかすみっこで「いまこんなに悲しいのは、大きな喜びを感じられる能力を持っているからこそなんだ」と思おう。そうすればちょっぴり、楽になれるのかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2012年2月27日 (月)

進化

「小学生のころ、石炭当番っていうのがあってね、」

きょうも空気が冷たい一日でした。寒い、寒いといいながらこんなことを話し始めたのは私より20くらい年上の人。

「当番さんは、みんなより少し早く学校に行かなきゃいけなくてね、じゃなきゃ教室があったまらないから。重たい石炭を運んでいって準備ができると、先生が火をつけてくれるんだ。でも、あったかいのはストーブの周りだけだから、1週間ごとに席を移動するんだよ」

岩手県出身だからなおさら、冬の寒さがほんとうに厳しかったのだという。

いまはほんとうにありがたい。石油ストーブ、エアコンにこたつに電気カーペット。快適に過ごすことを可能にする暖房器具はよりどりみどり。石炭の時代(もっとさかのぼれば、火鉢なのかな)からこれまで、よく進化したものだなぁと思う。

それにくらべて人間は、どうしてもっと進化しないんだろうか。

ペンギンみたいに、寒くてもうまく体温を保つことができるような体の構造になるとか。

シロクマみたいな分厚くて性能のいい毛に覆われるとか(←冬のあいだだけ。冬がおわったらまたひっこんで、暑さに耐えられる皮膚になるのです)。

人間の体もこんなふうになればいいのに。耐えがたい寒さにこんなにもさらされているというのに、暖房器具はこんなに進化しているというのに、なぜヒトはちっとも進化しようとしないんだろう。

それとも、ものすごくゆっく~り、進化していたりして。いま産まれている赤ちゃんはもしかしたら、自分よりもほんの少しだけ、寒さに強い体の構造をもっているのかもしれないな。

(進化という言葉を使っていますが、それがふさわしい言葉なのかどうかわからず・・・。進化という言葉を理解するのは難しいです。言いたいことは、寒い地方に住む人のほうが少しばかり寒さに強いとか慣れているとかいうことではなくてですね。もとから、生まれつき、寒さに耐えうる体の構造をもった生き物になれたらいいのに、ということなのです)

それとは反対に、夏は夏で、暑さに強い体の構造になることができたならもう、こわいものなしですね。

ラクダはどうやら、暑さにも寒さにも強い動物らしい。いいなぁ、ラクダになってみたい。

といっても、あまりにも寒さを感じなくなるのはさみしいし、厳しい寒さがあるからこそ、春が来るのが待ち遠しくなる。桜が咲くのが楽しみでしかたなくなるわけで、

だから、寒さ暑さをほどほどに感じられるくらいに。

ほどほどに、進化できるといいのだけど(なんてわがままな)!

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2012年2月25日 (土)

「記憶 忘れてはいけないこと」を見て

日本経済新聞社さんの 東日本大震災 報道写真ギャラリー『記憶 忘れてはいけないこと 3』へ行ってきた。被災地でカメラマンの方が撮影した数々の写真がここに展示されている。

今回は『記憶 3』だが、会場には、『記憶』『記憶 2』の写真も同時に展示されていた。震災直後からこれまでに撮影された写真を順に、ゆっくりと見ていく。目を覆いたくなるような震災直後の被災地の姿に、それでも前を向こうとして笑顔をつくるたくさんの被災者の方々の姿に、途中から何を見ても涙が止まらなくなった。被災地のことを思うと同時に、カメラマンたちはいったいどれほどの思いでこの光景に、ひとびとにカメラを向けたのだろうかと考える。

写真には、被災者の方の思いがつづられた文章や、取材時のメモが添えられている。
今回、それを英語にするお手伝いを少しさせていただいた。

伝えたい。伝えなければ。ただもうそれしかなかった。展示は、世界各地でも行われるのだという。あるお母さんや、小学生の女の子や、お互いを思いあう家族の思いや――。写真のなかの被災者の方々が語る言葉を、こわれないように大事に、そのときそのままの状態で伝えなくては。少しでもその気持ちに近づこうと思いを巡らせる。そのあと何度も修正、チェックしていただいてできあがった文章、どうか写真を見るひとたちの心に届きますように。

こちらの展示会のこと、ぜひお友達にもお伝えくださいねと、会場の係の職員の方がおっしゃった。

ほんとうに、たくさんのひとたちに生で見てほしい。200点以上ある写真の1枚1枚に、ほんとうに心を打たれた。一人でも多くの方がここを訪れるといいなと、願うように思った。

展示会は3月17日(土)まで、日本経済新聞社本社で開催されています。
詳細はこちらです。

インターネット上(こちら)でも写真が公開されています。また、大変美しく編集された図録が、会場とインターネット上で販売されています。

震災からまもなく1年がたとうとしている。3月11日からずっとひとびとが厳しい状況に向き合い続けていること、そしてこの先もそれはずっと続いていくということを、いつまでも絶対に忘れない。

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

2012年2月22日 (水)

最近のおじさん

最近のビオラのおじさん

Ojisan
ほーら。元気いっぱいだよ!

こんもりとして込みあった葉っぱの奥からいつの間にか、つぎつぎと姿をあらわすつぼみたち。
それを見つけるのがね、楽しくてしかたがないんです。あらあら、そんな狭いところからよく出てきたね! つんつく、つんつく生えてくる春のつくしみたいに。にょきにょき、にょっきにょき、土のなかから頭を出す元気なたけのこみたいに。新しいつぼみたちに、わくわくするよ。

そして、少したつとそのつぼみたちはおじさんの顔になる。

いつもちょっぴりうつむきかげん。はにかみやのおじさんたち。
寄り添いあってみんなでおしゃべりしているみたいてとても楽しそう。きょうは何の話題かな。

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

2012年2月21日 (火)

強烈な眠気とあふれる愛と

朝、電車に乗っていたら猛烈な眠気におそわれた。

すみっこでサラリーマンみたいに縦に細く折って読んでいた新聞をかばんにしまい、耐えられずに目を閉じる。と、すぐに、

バサッ!

眠りに落ちた瞬間に、持っていたかばんを落としてしまう。それを拾い、気を取り直して再び目を閉じる。と、またまた

バサッ!

かばんを落とす。それでも懲りずにまた目を閉じた。閉じずにはいられないほどの強烈な眠気。

ドア付近(開かないほうの)に立っていた私。おでこを何度もドアぶつけながら眠っているうちに、電車は会社の最寄り駅に到着した。

座っていようが立っていようが、電車に乗るとどうしても眠くなる。必ず、絶対に、どうしても、である。

しかし、今日のは特別だ。どうにもこうにも抵抗できない。

ホームに降り、改札につながる階段へと向かう。

うぁっ!!! と。

気づけばすぐ目の前にサラリーマンの大きな背中があった。危なかった。あと数ミリでぶつかるところだった。
つまり私は、歩きながら眠っていたらしい。

繰り返すけど、今日の眠気は半端なものではない。あまりの強烈さに自分でも驚いてしまう。会社への8分の道のりでも、歩きながらうとうと。一日、眠気に耐えるのがほんとうにつらかった。

ここ数カ月は平気だったのだけど、今月はすこし調子がよくないみたい。たぶんPMSのせいだ。この抗うことのできない強烈な眠気とだるさ。些細なことがきっかけで激しく落ち込んでしまうのもこのせいだ。

でも私は、2012年のはじめに、今年は笑顔いっぱいの年にしようと決めたのだ。簡単には落ち込まないよ。たとえそうなりそうになったって、その気持ちを自分のなかにとどめようとふんばるのだ。

楽しい話を聞いて、笑顔になる。そして、もっともっと笑おうとする。なんとかやってみようとするけど、今日はどうしても、すこしだけ苦しい。ほんとうはとっても楽しくて、心の底から笑えたらいいのにうまいことできなくて。こんな気持ちになってしまうのが、相手に対して申しわけない。ごめんなさい。でもすぐに回復するから。

*

「そうそう、どんぐりちゃんに、教えてあげなきゃと思って」

その人はそう言って、来週都内でひらかれる英語関連のイベントのニュースを教えてくれた。きのうたまたま雑誌で読んだのだという。

「翻訳の仕事をめざしてるひとにもいいって書いてあったよ。どんぐりちゃんにいいかなって思って」

さっそく調べてみると、有名映像翻訳者さんと通訳翻訳関係の専門家のかたの対談会というイベントだった。しかしすでに定員に達しており、申し込みはしめ切られていた。

残念だったけど、その人の気持ちがとても嬉しかった。

いつも私はその人に、いろんな話を聞いてもらう。仕事や恋愛や、日々のなんでもない話。そして、翻訳者になりたいという夢の話もほんの少しだけ。

そう、翻訳の話はたぶん全体の3%くらいしかしていないと思っていたのに、ちゃんと、大事な話として受けとめていてくれたんだね。

翻訳のおもしろさとか苦しみとかいろいろな良さを、話が上手ではない私は人になかなかうまく伝えることができない。「翻訳を勉強してるんです」という私に「英語がぺらぺらなんですね!」という返事が返ってくる。「いえいえ、まったくそうじゃないんです」という説明をする。そんなふうで会話が終わってしまうこともよくあるのだけど・・・。

翻訳に関わっていない人なのに、小さな雑誌の記事を見つけて私のことを思い出してくれたなんてとても嬉しい。

「どんぐりちゃんみたいな人には、絶対に幸せになってほしいと思う。ほんとうに、何かしてあげたいと思うんだ。いつもどんぐりちゃんのこと考えちゃう」

そう言って、いつも私を見ていてくれる人。「どんぐりちゃんにとっては、自分はきっと、ただの通りすがりの人なんだろうけどね、でもそれでもいい。ギブアンドギブだから」

あぁ・・・。こんなふうに言ってくれて、私は救われます。いつもあなたの愛を全部受けとめて、とても感謝をしています。そして私もこんなふうに、ギブアンドギブをする気持ちを持てるようになりたいと思う。

強烈な眠気はちっともとれないけれど、心のザラザラがずい分サラサラしてきた。

よく眠って、あしたも元気に笑お~っと!

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2012年2月18日 (土)

夜中におなかが痛くなったら(つづき)~回復編~

(2月11日の記事のつづき)

いったいどれくらいの時間が経ったのだろう。

最も苦しいところを乗り越えたときに気づいたのは、「ものすごく寒い」ということだった。パジャマの上にあたたかい上着を羽織っているものの、季節は真冬。深夜2時。身を切るようなその空気の冷たさに気づいてしまった瞬間、私の体がガタガタと震えだした。それはもう文字通りにガタガタと。寒い。つらい。もういやだ。早く布団に帰らせて! 

その願いが神様に届いたのか、ようやく私はトイレから解放された。すばやく布団にもぐりこむ。しかし、体は相当冷え切っていたようで、上着を着たままであるのにガタガタがちっとも止まらない。

*

目覚ましの音。時刻はAM 5時30分。いつの間にか眠れていたようだ。

もう昨日ので十分。いいかげん大丈夫だろう。――しかし、その考えはまったく甘かった。症状はおさまってなんていなかった。

一日、会社を休ませてもらうことにする。あとで病院にも行こう。

トイレに行く回数が減りやっと動き出せそうな状態になったのは、もう正午になろうとするころだった。意を決して、玄関の扉を開ける。

昨日の暗闇がウソみたいな明るい外の世界。なんともすがすがしい気分になる(が、気をつけないとよろめく)。

家から徒歩5分くらい(ありがたい)のところにある胃腸科クリニックに向かう。そういえば、私は都会に出てきてまもなく丸5年になるが、こんなふうに病院にかかるのは初めてのことだ。ずっと、風邪さえひかなかったってことだ(それほどおバカさんってことかしら)。

私が受付を済ませたすぐあとに、私と同じくらいの年齢の(←勝手な判断)男性がつづいて受付をした。池田さん(仮名)と呼ばれるその男性も、受診が初めてのようだ。しかも、私と同じ症状を抱えているような(←勝手な思い込み)ぐったりした様子に見えた。

診察も、私のすぐあとに池田さんが呼ばれた。点滴も一緒だった。同じ部屋で、ほぼ同時に初めてほぼ同時に終わった。いつの間にか私は池田さんに親近感を覚えていた(←勝手に、一方的に)。「つらいですよね、お互い頑張って早く回復しましょうね」私は池田さんに向かって、心の中でそうつぶやいた。私はもう孤独ではなかった。トイレで独り絶望を感じていた昨日の私ではなかった。池田さんとともに苦しみを分かち合い、回復に向けて歩んでいけるのだ。

その一歩を踏み出すべく、帰りにドラッグストアでスポーツドリンクとプリンを買った。病気のときの私の必須アイテムだ。プリンはまだ食べられる状態ではなかったので、水分を摂り、処方された整腸剤を飲み、ぐっすり眠った。今度はとてもよく眠れた。

*

月曜日。元気に会社に行った。

「熱は出なかった? せきだけ?」

朝、私を見るなり課長が言った。(おや。せきってなんのことだろう)と思いつつも、「熱は出ていないです」と答える。

そのあと、ほかの人からも「せき、大丈夫?」と尋ねられた。

「止まらなかったんでしょ?」

と。

「えっと・・・。止まらなかったのは、止まらなかったんですが。せき・・・、ではないですね」

どうやら、止まらないものの正体はいつの間にか「せき」にすり替わってしまったみたい。まあいいや、もうしっかり止まったんだから!

+++

「救急車を呼ぶかどうか迷った時にかける番号」というものがある。

#7119 救急相談センター(これは、東京都のものです)

自分の住む地域の医療サービスを知っておいて、いつでもどこでも使えるようにしておかなくてはな、ということを身にしみて感じた体調不良体験でした。

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

2012年2月15日 (水)

チョコレートに愛をこめて

バレンタインのチョコレートケーキ。

Photo
手作りです。とっても上手でしょう?

職場で切り分けて、みんなでいただきました。

Photo_2
下のほうには赤いラズベリーが入っています(見えるかしら)。

上のほうはとてもしっとり。外回りは固くてしっかり、ちょっぴりさくさく。
身がぎゅーっとつまってて、「チョコを食べてる!」という濃い味がとびきりおいしいケーキでした。

・・・と、ここまで書きましたが。

私がつくったものではありません(はじめから気づいてるか・・・)!

ケーキ作りの上手な仕事仲間がつくってきてくれたのでした。男性だけにというわけではなく、みんなで食べよ! と(なんてうれしいこと)。

彼女の愛情、ぎっしりつまっていましたよ☆

私の所属部署の女性陣は、彼女のほかに私ともう一人。
彼女は、「ケーキ作ってくるね!」と事前に宣言していたので、「もう一人さん」と私は共同で買って男性に渡すことにしました。

「じゃあわたし買ってきま~す!」ある日の会社帰り、私は張り切ってデパートのバレンタイン特設会場へ足を運んだ。

せっかくだから、渡す男性はたった4名だし、一人ひとり違うものを買うことにした。

甘いものが大好きで私と同い年のやさしい男の子には、試食してとてもおいしかったやわらかな生チョコを。

スラリとしてロングコートが似合う素敵な上司①には、ひとつひとつのデザインが凝った艶やかでおしゃれなチョコを。

落ち着いていてゆったりとした雰囲気のある上司②には、パッケージも中身も落ち着いた感じのするまろやかなトリュフチョコを。

いつもおもしろいことばかり言ってみんなを楽しませてくれる元気な上司③には、ハートがたくさんついたポップなパッケージの商品を――彼は甘いものが苦手なので実は中身はあっさりとした上品なえびせんべい。

こんなふうにお一人お一人の顔を思い浮かべながら選んでいたから、もともと優柔不断な私は相当に悩み、ずいぶん時間がかかってしまった(でもいろいろと試食もさせてもらってとても楽しかった)。この悩みようは、本命と同じくらいもしくは本命以上だったりして(笑)。

その人にぴったり似合うものを贈りたいなぁ、と思うから。相当迷ってしまうわけです。

++

職場というところには、それぞれいろいろなバレンタインがある。

昔勤めていた職場では、新入社員が女性社員全員からお金を集めて男性社員にチョコを配らなくてはいけない、というしきたりがあった。こういうの、私は実はあまり好きではなかったな。おもしろくないやんかと思っていました。

だって、ものすごく事務的だから。一種類のチョコを人数分買って、当日の朝にそれぞれの机の上に置いておくんです。まるで給食配るみたいだなぁ、なんて。自分が新入社員で当番だったときは、あまりに味気ないのもなぁなんて思ってかわいい付箋に名前を書いて貼りつけてもみたのだけど、いかにも儀式って感じが好きじゃなかったなぁ。仕事の一部みたいな感じがしてしまって・・・(もっと工夫すればよかったのかもしれませんが)。

渡したい人が、渡したい人にあげればいいのにな。そのほうが、感謝の気持ちも伝わるのにって思ってしまう。

++

というわけで、LOVEの気持ちをあらわしたいなと思って、愛情をこめてチョコを選んでみたのでした。みなさまへの感謝の気持ちはやっぱり、「義理」なんてものではなくて実はぜんぶ本命なのだな。ちゃんとそのひとに似合ってくれるといいな。たとえほんの少しでも、気持ちが伝わるといいなと思います。

愛をこめて。

みなさまいつもほんとうに、ありがとうございます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2012年2月11日 (土)

夜中におなかが痛くなったら

それは節分前夜の2月2日、午後10時を少し過ぎたころのこと。

私の体に異変が起こった。

なんだか、おなかの具合がよくない気がする・・・そう思ってトイレに行く。
軽症とはいえないが、重症というわけでもない。それでもやや体力を消耗したので、早めに寝床に入り、眠りに落ちた。

日付は変わって2月3日午前2時。再びうめき出したおなかの声に目を覚ました私は、凍える寒さのなか、しぶしぶトイレに起き出した。

!!!

まずい。今度はけっこうな重症である。一気に背中に緊張が走った。

私は一瞬のスキを見て寝室へ行き、すばやくあたたかい上着と携帯電話を引っ掴むと再び小さな戦場に戻った。最初の一撃から、長期戦になるだろうということを確信したのだった。万全の態勢をもって戦いに臨まなければならない。

それはますます激しさを増していった。まずい。かなりまずい。やめてやめてやめてーーー!!! 叫ぼうにも叫べない。信じられないスピードで私の体から水分が奪われていく。どうしよう。急に気分も悪くなってきた。息がどんどん荒くなる。冷や汗。気を失いそう。怖い。どうしよう。ダメだ。救急車? でも・・・。止まらない。どうなっちゃんだろう。でも仮に救急隊員が来てくれたとしても、とてもトイレから出られるような状態ではない。でも助けて。だれか助けて。真剣に、まずいかもしれない。床に置いた携帯を見つめながら、ちょうどその携帯みたいに体をぴったりと半分に折り曲げてその苦しみに耐えた。とにかく意識が遠のいていかないように必死で自分を奮い立たせる。大丈夫。大丈夫。いつかはおさまってくれるはず。耐えろ、耐えるんだ、私!

ふるえる手で、携帯のボタンを押した。実家の母にメールを送る。最低限、10文字足らずの言葉をなんとかして打ち終える。

草木も眠る丑三つ時。母が起きるはずなんてない。たとえ起きてくれたのだとしても、深夜だし、そもそも何百キロも離れたところに住む母が、飛んでこられるわけがない。どうにもならないことはわかっている。でもとにかくいまの自分の状況を誰かに伝えたかったのだ。

ところが、驚いたことに母は変身して、ではなくて返信してくれたのだ。さらにその30秒後、電話が鳴った(母、ほんとうにありがとう。そして、起こしたうえに心配かけて本当にごめんなさい)。

そのときもまだ私はまともに話せるような状態ではなかった。荒々しく吐き出される息を何とか声にする。母は、まったく冷静だった。夜中に娘が突然メールをして来ようと、すこしも動じていない。

「そんなにひどいの。病院行ける? タクシーか、救急車で行くか。困ったね、そういうことしてくれる人、おらんであかんね」

母よ・・・こんな緊急事態だというのに、寂しさをますます増大させるようなことを言うのだね。そうだよ、私はいま小さな個室にひとりきり。しょうがないのだ。ひとりで戦わねばならぬのだ。

ふと、同じ敷地内に住む大家さんの顔が浮かんだ(けれど、数か月に一度くらい朝のゴミ置き場で偶然会ったときに少し言葉を交わすぐらいの仲である彼女を、おそらく70は超えると思われるおばあちゃんである彼女を、この深夜に呼び出してもよいのだろうか。呼び出してよいほどのことなのだろうか)。

それなら、同じく同じ敷地内にある24時間営業のコンビニの店員さんに助けて、と言おうか。店番でひとり以上は必ず起きているはずだ。

それとも、隣の住人に助けを求めようか。いまこの体勢でも、うしろの壁を力いっぱい叩けば何かの異変に気づいてくれるはずだ(といっても、隣の住人とは、たった一度すれちがってひとこと挨拶を交わしただけの仲だ。こんなことならもう少し仲良くして、さまざまな緊急事態にそなえて「SOS」をあらわす壁たたき合図を数パターンを決めておけばよかった)。

なんてことを思い浮かべる余裕があったのかなかったのか、とにかく耐えるしか道はない。人生もっといろいろあるのだから、こんなことに負けてちゃならぬのだ。

時の流れに、身をまかせよう。私の内から出されていくものの流れに、トイレの流れに、すべてに身をまかせよう。ときにはこんなふうに身をまかせることも必要だ(といいますか、こればかりはどうにも逆らえない)。

~(たぶん)つづく~

ひさしぶりにブログを書いたかと思ったらこんな体調不良の話だなんて・・・(しかもまだ続くのかもしれない)ごめんなさい。

| | コメント (4) | トラックバック (0)
|

« 2012年1月 | トップページ | 2012年3月 »