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2012年2月28日 (火)

大きな喜び、大きな悲しみ

東京新聞には、「けさのことば」というコーナーがある(岡井 隆さん選)。ちょうど私の手のひらくらいの大きさの小さなスペースに、その日のことばと解説が書かれているもの。

「大きな喜びを感じうる能力には、必ずそれに匹敵するほど大きな悲しみを感じうる能力が伴うものである。『モーム語録』(行方昭夫編訳)」

これが、けさの、けさのことば。

とても気になったので切り取らせていただきました。さらに解説には、

「イギリスの作家モームは両親の死後、叔父夫妻のもとで不幸な少年期を送った。掲出句は23歳の時の言葉。『鈍感な人は、強い喜びも感じない代わりに、激しい悲哀もあまり感じないから、羨しい』とまで言っている」

と書かれていました。

生きていればときどき、大きな悲しみに包まれることがある。激しく落ち込んでしまうことがある。

自分のそのような感情が人と比べて大きなものなのか小さなものなのか、それともちょうど標準くらいのものなのか。それは決してわからない。他人の感情を味わったことがないですからね。

でも、自分では、それは相当大きなものなのではないかと思っている(だれもが、自分自身の感情をそんなふうに捉えているのかもしれませんが)。

もはやこの悲しみから逃れることはできないのかと思うほどに激しく落ち込んだり。
だれにも見つからないところに隠れてしまって、ずっとそこにとどまっていたいと思ったり。

かと思えば、大きな喜びに包まれ、飛び跳ねるくらいに嬉しくなったり。
その喜びが大きすぎて押さえきれず、すぐにだれかに伝えたくてたまらなくなったり。

極端だ。ほんとうに、極端だけれど、そんなことのくりかえしのような気がする。

つらい少年期を送ったモームは、鈍感な人のことを「激しい悲哀もあまり感じないから、羨しい」というけれど、大きな悲しみを感じてしまう反面、大きな喜びを感じられることというのは、何とも素敵な能力ではないか。

ときどき出会ってしまう私の悲しみは、おそらくちっぽけすぎるものだからこういうことが言えるのかもしれないけれど、やっぱり、ほどほどの感じ方しかできないよりは、思い切り喜んだり思い切り悲しんだりしたいなと思う。

人生、思い切り、生きていきたい。自分の喜び悲しみも、周りの人の喜び悲しみも、それが大きなものであっても小さなものであっても、それを真正面から受け止めて自分の心で感じられる人でありたいなと思います。

これからは、大きな悲しみに包まれているときはこの言葉を思い出そう。心のどこかすみっこで「いまこんなに悲しいのは、大きな喜びを感じられる能力を持っているからこそなんだ」と思おう。そうすればちょっぴり、楽になれるのかもしれない。

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