« 2012年6月 | トップページ | 2012年8月 »

2012年7月

2012年7月30日 (月)

クライドルフの世界

スイスの絵本画家 「クライドルフの世界」 の展覧会へ行きました。

絵本の原画を見てすぐに、わたしはクライドルフの絵が大好きになりました。
擬人化された草花や昆虫はとてもかわいらしくてやさしくて、ユーモアにあふれています。淡くてやさしい色づかいも素敵。いつまでも眺めていたい原画ばかりでした。

*  *  *   

スイスの農村の豊かな自然のなかで、幼いころから草花や昆虫をスケッチすることが大好きだったクライドルフは、のちに画家を志し、美術学校へ入学します。しかし、学費を稼ぐための働きづめの生活により、絵筆を持つ気持ちにもなれない日もあるほど、心身の具合を崩してしまいます。

アルプスでしばらく療養生活を送ることにしたクライドルフ。大自然のなかで、目の前の花や昆虫をじっくり観察して過ごしたこの時期の体験が、彼独特の世界が創られる基盤となったのでした。

「私が絵を描くことで、花の儚さを、少しでも引き延ばすことができたら」

ということばが印象的でした。

ある日、目の前の花が美しくて思わず摘み取ってしまったクライドルフ。
「摘み取らなければ、ずっと美しく咲いていられただろうに・・・」と後悔の念にかられると同時に、それならと、その花を擬人化して絵に描いたことが、メルヘンと想像力あふれる絵本が生み出されたきっかけだったようです。

*  *  *

その絵は、それまでに生きてきた彼の生活と、そのときまさに生きている生活そのものなのだなと感じました。草花や昆虫や、あらゆるものを見るまなざしがものすごく、やさしいのです。

またひとり、素敵なひとに出会えたなぁ。すごくうれしい。

展覧会は、わたしが訪れたまさにその日、7月29日が最終日でした(←渋谷のBunkamura ザ・ミュージアム。この先は、福島、富山、横浜へ巡回するようです)。
とてもとても、行ってよかったなと思いました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2012年7月25日 (水)

赤いの、みどりの

Pikapika

つやつや ぴかぴか!

| | コメント (4) | トラックバック (0)
|

2012年7月24日 (火)

ことばを発すること

今日の東京新聞朝刊の、けさのことば(岡井隆)は、詩人の長田弘さんの詩集から引用された次のことばでした。

‐‐‐

 人生は受容であって、戦いではない  

‐‐‐

 詩人の仕事とは 

 沈黙を、ことばでゆびさす仕事だ

 無残なことばをつつしむ仕事だ

 戦うだとか、最前線だとか

 戦争のことばで、語ることはよそう

    『世界はうつくしいと』 長田弘

‐‐‐

ことば・・・(いまこうして)書いたり、話したり、考えたり、ふだん自分の思いのままに使用しているもの。「無残なことばをつつしむ」という部分を読んだとき、なんだかドキリとした。ことばを発することが、こわくなるような。

声で発することばであれば、録音したり書き留めたりしないかぎり、すぐに消えてしまう。
それでも、ことばひとつひとつは、相当に、重い。こんなにちっぽけなわたしであっても、発することばはぜんぶ、周りの何かになんらかの影響を与えてしまう。

何気なく発した自分の無残なことばが、澄んだ空気を濁らせてしまうようなことになっていたとしたら、ほんとうに、そういうことはつつしまなければと思う。

*

冒頭の「受容」ということば、大切にしたいなと思う。

「受容」を感じることができれば、どんな状況にあっても生きていけるのだと思う。

世界中を全部敵にまわしたとしても、自分を受けとめてくれる人がひとりでもいれば、そういう存在を信じていられれば、大丈夫なのだろうな。それだけで、いいのだ。逆に、そういう土台がなければ、どこに足をつけたらいいのかわからなくなってしまう。

喜びも、悲しみも、美しいことも、見苦しいことも。今日も変わることなく自分が生きているということも、受けとめられていることで、安心して生きていける。

たとえば、「なわとびがとべたよ!」 「どんぐりちゃん、すごいねぇ、上手だね」と、一緒に喜んでくれる人がいるということや、何かつらいことがあったとき、「そんなことがあったんだね」と、話を聞いて受けとめてくれる人がいること。

ときには、「そんなことじゃ、だめじゃないの!」と叱ってくれるひともいるかもしれない。
自分のことを全部、受けとめてくれてはじめて発せられる大事な大事なことばなのだと思う。

*

受けとめよう、と思う。

何もかもをまず、受けとめよう。

いいこともよくないことも、うれしいこともくやしいことも、楽しいことも、つらいことも。自分のことも、自分じゃないだれかのことも。

受けとめようとすれば、ことばを発するまでの時間が、ちょっとだけ長くなる。

こんなふうに、なにかを受けとめることができてはじめて、ことばを発する準備ができたといえるのかもしれないな、と思う。

自分のことばを、ゆっくり、発せられたらいいなと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2012年7月22日 (日)

ゴキブリはどうしてあんなに怖いのか 2

ほんとうに、ゴキブリはどうしてあんなにこわいんだろう・・・。

極端で、情けなくってしかたないけど、あまりにこわくて、10年位前にゴキブリノイローゼ(←私がそう呼んでいるだけですが)みたいになったことがあります。

学生、一人暮らし。そのアパートに住み始めて4年目の夏の、ある夜のこと。生まれて初めて、あんなに大きくて立派な彼に出会ってしまったこと、あの衝撃は、忘れることができません。

台所の真っ白い壁に、5センチくらいもある真っ黒の大きな物体が、べったりと張り付いているのを発見したときの衝撃。

そのときまで私はゴッキーに遭遇したことがなく、遭遇するなんてことも想定しておらず、対策グッズを何も準備していなかったのです。

ゴキ用ではないけれど、ちょっとした虫退治スプレーがあったので、とりあえずそれを使うしかなく・・・

それを噴射した途端、そいつが急に、ビューン!!とすごい勢いで飛んだのですよ。
そして、なんということでしょう、本棚の奥深くに逃げ込んでしまったのです。

カサコソカタカタ・・・

もうやだ~(半ベソ・・いや、本泣きかな)!! 本をよけることもできない私。止まないカサコソ。それでも出てくる気配がないゴッキー。どうすることもできないよ。恐ろしすぎて、いつものようにその本棚の横に布団を敷いて寝る自信がなく・・・。

深夜0時をまわっていましたが、徒歩で行ける距離に住んでいる友人に頼んで、一晩泊めてもらったのでした(ほんとうに、大迷惑やね・・・Mちゃんあのときはありがとう)。

*

その後も、その部屋で、2,3回立て続けにゴッキーに遭遇してしまい・・・。

そのうち、ゴッキーに対してあまりにも神経過敏になるせいで、黒っぽいものやちょうどよいサイズのものなんかが全部ゴッキーに見えてビクっとしたり、視界のすみに黒い影が見えるような気もしたりして、常にビクビクおびえる毎日になってしまったんです。

あまりにも臆病すぎて、ほかの人から見たら笑っちゃうようなことかもしれないけど、真剣に、大変な日々だったなぁ~。

いま思えばめちゃくちゃはずかしいけど、当時お世話になっていたゼミの先生に、真剣に相談しましたからねぇ(笑)。

「先生・・・。私、ゴキブリがこわいんです」って。

先生は当時60歳近くのとても穏やかな話し方をする人で、四国遍路を愛し、ちょっと人間を超越した感じの仏さまのようなお方で、どんなにおかしなことを話しても、何もかもを受け止めてくださると、私は信じていたのですね。
先生は、「それは大変なことですね。それほど不安だったら、友達に来てもらうとか、しばらくはだれかに一緒にいてもらいなさい」 とやさしく言ってくださり、その後も折にふれて、「ところでゴキブリはどうですか」と、気遣ってくださいました。

その後、いろいろ対策をとったり、季節が変わったりしたおかげでゴッキーに遭遇する機会も減り、不安がすっかり解消されて元気になった私。

よかった~!

・・・ただですね、まさに先週、いま現在のこの部屋でまたまた強烈にインパクトのあるゴッキーに遭遇してしまったからね、ほ~んのちょっとだけ、ゴキブリノイローゼを再発しているような・・・(弱っちすぎる私、もうやだ!)

いや、いかんいかん。そんなことないもん!! 頑張れ私! ファイトだ私! 先週ちゃんと退治できたときも、けっこう強気だったじゃないか。それに、対策も強化してバッチリだしね!(ゴキブリノイローゼ時代以来、すごく気をつけているはずなのに、どうして来てしまったんだろう・・・)

*

ゴッキーに出会った日以来、そのことを会う人会う人に話をしていたら、あることがわかりました。
それは、ゴッキーに対する恐怖は、わりと誰もが持っているものだということ。「苦手」とか「嫌い」だけじゃなくって、「恐怖」があるってこと。ちょっと、ほっとしました。

たとえば、体もがっしりしていて、こわもての上司。外見からはとてもそんなふうに思えないけど、彼も、私と同じくらいゴッキー恐怖症だったんです。

「俺、見たら叫んじゃうわ。で、怖くて固まっちゃうんだよね。昔は、スプレーなんてもんがなかったから新聞とかを丸めて叩くんだけど・・・、怖くて全然でね、自分の姿が、もう俺、情けなくってね」

私のゴキブリノイローゼ時代のことも、「その気持ちめっちゃわかる! まさに俺もそんな感じ」だと、共感してくれました。

とっても元気で明るいAさんも、いつも強気なBさんも、ゴッキーが出れば私と同じようなリアクションで、超おびえながら戦うんだって! 私と同じく、怖くて怖くて、たまらないのだそうです。

それを心にとめておけば、万が一、万が一ですよ、また遭遇した時も頑張れるって思います。しばらくは、台所にいる時間、緊張してビクビクして仕方がないかもしれないけど(あ~ほんと、臆病すぎる自分がやだ)、大丈夫って思えます!

ほんとうに、どうしてあんなに怖いんだろう。
苦手とか、嫌だとかにとどまらず、恐怖!! なんですよね。

どうにか好きになれないかな~・・・とかって考えてるんですが。
強そうでとっても素敵! とか、足が速くて超カッコイイ! とか思えたら、苦労しないんですがねぇ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

2012年7月21日 (土)

ゴキブリはどうしてあんなに怖いのか 1

それはおとといの夜、

夕食を終え、台所で洗い物をしていたときのこと。

 ガサガサッ ガサッ

という音とともに、何やらバタバタと大きく動くものが、私の視界の左上隅あたりに入ってきた。

蛾? ずいぶん大きいの、いつの間に入ってきたんだろう。
・・・なんて思いつつ、もう一度それをよく見たところ、

それはなんと、

なんとなんと!!

黒くて大きなゴキブリくんだったのでした。

ぎャーーーー!!!(なんて声は出しませんでしたが、気持ちはこんな感じ) 
出たわね! あなた、ついに出たわね。

私にとって、大の大の、大の苦手のゴッキー。

いきなり、天井から降ってくるように姿を現したゴッキー。

でも、見て見ぬふりをするわけにはいかないのです。していいわけがないのです。しっかり仕留めてしまわなくては、今夜、眠れたもんじゃない。

よっしゃ。いっちょ、やってやろうじゃないか。
私は、戦う覚悟を決めた。

常備してあるゴキ専用スプレーを棚から取り出し、彼めがけて一気に噴射!

けれどもね、そう簡単にひるむような相手ではないわけで・・・

ゴッキーは、身をかわすように壁をつたってすばやく下へおりてきた。

そして、近くにあった円柱状のゴミ箱に飛び移ると、その側面を、螺旋を描くようにくるくると周りはじめた。

ゴッキーのその姿、遊んでいるみたいで楽しげだった(ように見えた)せいで、何だか急に愛らしくなってつい見入ってしまい、いつの間にやら私の攻撃の手はピタリと止まっていた。

・・・いけない、いけない!

なんと、私が油断しているうちに、彼は姿を消してしまった。ひゃあ、大変~!

このまま行方不明になってしまうのが一番怖い。それこそ、ゆっくり眠れたもんじゃない。

カサカサ カサコソカサ・・・

かすかに、音が聞こえた。彼が発するあの音は、とても不快な音である一方、こんなときには彼がまだ近くにいることを教えてくれるありがたい音でもある。

おっ、現れたな!

再び姿を見せた彼に、今度こそはという思いでもう一度スプレーを噴射する。

しばらくして、ようやく、戦いが終わったことを知った。

ものすごく苦手で恐ろしい相手だけど、申しわけない、ごめんなさいという気持ちになる。

完全に動かなくなっているのにもかかわらず、また急にとびかかってくるのでは、なんて超おびえながら、ほうきと新聞紙でなんとか取り上げビニール袋に入れた。

* * *

このような戦い、このような恐怖は、ひさびさだった。10年ぶりぐらいだ。

小さいヤツならこれほどの恐怖は感じないのだけど、黒くて大きいヤツってば、どうしてあんなにこわいんだろう・・・(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2012年7月15日 (日)

衝撃の事実

先週の月曜日、調べものをしたくて、会社帰りに東京大学医学図書館へ行きました。

久しぶりに訪れた東京大学。その日私は、衝撃の事実をふたつ、知ることになったのでした。

☆★

会社帰りに東大へ行くときはいつも、JR上野駅から徒歩で行く。ふつう歩きなら25分くらい、早歩きなら20分くらいかな。

で、私は、いつも行くその東大キャンパスのことを、「上野駅近くの東大キャンパス」と認識していた。「あの有名な赤門のあるメインの東大キャンパス」とは別物として。

「赤門のあるメインの東大キャンパス」へ行くには、地下鉄の駅から行くのが便利ってことも知っていた(実際、行ったこともある)。徒歩1分で行ける駅から、7,8分くらいで行ける駅まで、いくつかある。

あのですね・・・

その日に知った事実ってのは、

私が思ってた「上野駅近くの東大キャンパス」と、「赤門のあるメインの東大キャンパス」とは、別物ではなく、まったく同一のものだったってこと!!

あぁ、びっくり。そして、めっちゃはずかしい~。都会生活6年目だというのに、この地理的な感覚の鈍さといったら・・・。

だって、上野から行くときは、赤門くぐらないんだもん(ちなみに、「鉄門」というところから入ります)。それに、上野駅と、そのいくつかの地下鉄の駅って、私の頭のなかでは、すごく離れてるイメージなんだもの。

★☆

というわけで、地理がめっぽう弱い私は、東大医学図書館に何度か行っているわりには、キャンパス内で毎回迷ってしまうのです。

その月曜日も、「今日こそは、迷わない! この道、前にも歩いたもんね」と、自信を持って進んだはずが、なぜだかちっともたどりつかない。
というのも、以前に間違えた道を正しい道だと覚えてしまっていたのでした。
なんという、天才的な方向音痴(母親ゆずり)!

本当は、門を抜けてただまっすぐ歩けばいいだけなのです。今度こそやっと、覚えました。

だからね、そういうロスの時間も含めて、会社帰りに超特急で行ったとしても、閉館時間の20:00までわずか1時間半、あるかないかってところだった。本当はもっともっと時間がほしいのに。

休日に利用できればいいのだけど、学外者には平日の入館しか認められていないので、仕方がない。

と、思っていたらね、いつの間に変更になったのか、

土曜日も、侵入者、じゃなくて学外者入館OKよ!!

ってことになっていたんです。

わーい!!! そいじゃあ、土曜日、思う存分利用させていただけるのね。 
これは、一般人にとってめちゃくちゃありがたいことです。うれしいことです。

学外者がこの図書館を利用するときは、入館前、わら半紙の小さな紙切れに、名前と電話番号を書きます。入館中は自分で持ち、退館時に回収されます。

裏面は、「ご要望があればお書きください」と、何でも記入できるようになっています。

私はいつもここに、「学外者も、土曜日に入館できるようにしてほしいです」と、書いていました。毎回、毎回、しつこくね。想いが伝わるといいなと思ってね。

そう! そうなのです。

気持ちは伝わるものなのです。願いは届くものなのです☆
(なーんて・・・、私のちっぽけな書き込みが、どれだけ役割を果たしたのかはまったくわかりませんが)

♪♪

というわけで、土曜日のきのう、さっそく行ってきたのでした。

上野駅からの徒歩ルートで行ったので、やっぱり赤門はくぐらなかったけど、昼食に、赤門ラーメンを食べました。頭がよくなることを、強く願いながら!

学食は基本的に大盛りかもなぁ、と思い、「ハーフ赤門」(麺半量)ってのをいただきました。

写真を撮っておこうと思ったけど、きのうは携帯不携帯(家に忘れた)。

汁なし麺に、ひき肉ときくらげと干し椎茸と白菜(?)みたいなのが入ったとろ~りとした真っ赤で辛いタレがたっぷりかかっていました。

体の真ん中から頭の中まで熱くなって活性化されて、食べる前よりずいぶん頭よくなった感じ(ほんとかな 笑)
食後に少しだけキャンパス内を散歩。空に向かってぐんと背を伸ばす大きな木がつくる木陰がとっても心地いい。

それでも日中はあまりに暑かったので、日が傾くまでまた図書館で過ごして、帰りました。

土曜日開館はほんとうにうれしい!

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

2012年7月14日 (土)

休日の人たち

蓮の花が、ひらきはじめていました。

やさしいももいろのお花。

つぼみもちらほら。ぽっくりしててかわいいねぇ。

上野駅近くの大きな蓮の池です。

すわって写生をする人。その辺に腰かけてのんびり遠くを眺めている人。
友達と一緒に池の鯉を見て楽しそうにはしゃいでいる人。
蓮の花をカメラにおさめようと真剣な人。
「あぁ、咲いてるね」と、わたしと同じように咲いている蓮の花を見つけて立ち止まる老夫婦。

それから、ベンチにすわって肩を寄せ合うカップル。
あの、そういうの、ほほ笑ましくてとても好きなんだけど(で、つい見ちゃうんですけど)、湿気が多く蒸し暑いうえに、強い日射しの下にずっといたら、暑いでしょうに・・・間違いなくアツアツですね。
日傘の合い合い傘も、暑いのを和らげるどころか、ますますアツアツじゃん!・・・ほほ笑ましいねぇ(笑)。

みんなのそれぞれの休日、いいなぁ。

特に、こんなふうな、公園の休日風景をながめるのが好き。

ほどよく力が抜けてる人たちの姿を見るのが好きだな。(あまりにやる気がない感じは好きじゃないけど)素顔というか、ふっと無防備になっている人の表情っていいなぁ。

こんな、休日の公園で過ごす人たちや。

電車に乗っているときに、すれ違う電車(しかも自分の乗ってる電車と速度がほぼ同じだといい)のなかの人たち。これはねぇ、ほんとうにみんな、思い思いの方向を見て、思い思いのことをしていて、無防備さ加減がとてもいいなぁ、と思う。

なんてねぇ、どんぐりこそ一番無防備なのでしょうけれどね。いつも気ままに、どんぐりころころころころと・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2012年7月 8日 (日)

赤いお料理

7月7日、きのうは七夕の日。

残念ながらざあざあ降りの雨で、織姫さんと彦星さんの姿を見ることはできなかったけど、きっとお二人さまは素敵な時間を過ごしたんだろうなぁ、と思います。

1年に1回だものねぇ。
現実的に考えると、ほんとうにつらいよなぁ。
ようやく会えたと思ったら、次に会えるまでまた364日、過ごさなくちゃいけない。

でも、それだからこそ、頑張れるのかも。
どんなに遠くにいても、会えない時間がどれだけ長くなろうとも、信じていられれば平気なのだな、きっと。
会えるまでの一日一日、相手も頑張っているんだと思って、頑張れるのだろうな。

☆★☆

けさはまだ、雨がすこ~しパラついていたけど、昼前には止み、じめじめもなくいい天気になりました。

梅雨明けにはまだ少し時間がかかりそうですが、まもなく夏です!

夏になると、なぜだかカレーが食べたくなる!

先日、使いきれなかった鶏手羽元を冷凍しておいたので、それを利用して、

Photo
手羽元カレーを作りました。

鶏手羽元、みじん切りの玉ねぎとにんにく、トマト缶、鷹の爪、カレー粉、ナツメグ、ヨーグルト、バター、塩 でできています。

ルウではなく、カレー粉でカレーを作るのは、わくわくします。
いろいろなスパイスをミックスして作ればもっと楽しいのだと思うけれど。

半日くらいヨーグルトにつけこんでおいた手羽元を、ヨーグルトごと鍋に入れ、ほかの具材やスパイスと一緒にじっくりじっくり煮込んだら、お肉はやわらかく、味もまろやかに仕上がりました。

十六穀米のごはんも、カレーによく合いました。
(通信販売で十六穀米お得パック、みたいなものを購入したら、半端ではない量が次々と送られてきて消化しきれず困り果てている友人からいただいた。わたしも当分の間は、十六穀ごはん。好きなのでうれしい!)

夏のあいだに、いろんなカレーに挑戦してみよう~!

*

もうひとつ、赤いお料理。

Photo_2
余ったトマト缶で、シンプルに、さっぱりトマトソースパスタ。

赤いお料理、なんだか元気がでます。

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

2012年7月 3日 (火)

ぶれないこと

ぶれない生き方をしたいなぁ、と思う。

悩んだり落ち込んだり後悔したり・・・っていうのは、自分の確固たる気持ちを貫き通せなかったときや、自分で自分を信じきれなかったときばかりのような気がする。

ぐらぐらな自分のまま、流されるままに行動してしまった結果、あとから後悔のうずに巻き込まれることになるような気がする。

でも厄介なことに、行動している最中は、気づくことさえできない。
何が大切なのか、何を大事にしたいのか。
そういうことを考えようともせず、曇りがかったガラスで前が見えなくなっていることにも気づかないままに、突っ走ってしまう。

そんなことを、くりかえしてばかり。

立ち止まって、考えればいいのにね。

自分が貫き通したい気持ちで思いきり突っ走るのなら、たとえ衝突したとしても、絶対に後悔なんてしない。

あとどれくらいぶれたら、わかるんだろう。

ぶれたことに気づいて、ちゃんと自分のなかに戻ってくる私を、きびしく叱ったり、ときにはやさしく抱きしめてあげたり。

そんなことをくりかえすうちに、自分のなかに、頑丈でビクともしない軸を一本、通すことができるだろうか。みっともなくてもいい。不器用でもいい。ただ自分の気持ちに正直に、素直に生きようとする一本の軸。

ぶれてぶれて、ぶれまっくっているからこそ、いつか、ぶれない自分が出来上がるはずだと信じたい。ここが自分の中心だよ、ってところを、いつか必ず、見つけられるのだと思いたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2012年7月 1日 (日)

とろとろたまねぎ

友人から、たまねぎをふたつ、いただいた。

ひとつは、いつものたまねぎ。
もうひとつは、赤いたまねぎ。

どちらも、とっても大きくて立派です。
まずは、いつものほうから。

Photo
写真じゃ、大きさわからないですね・・・。私のにぎりこぶし、ふたつぶんくらいあります。

Photo_2
鶏手羽元とたまねぎのじっくり煮込み。

たまねぎが、うっとりしちゃうくらいとろとろになって、甘くてとてもおいしかったです。もともとのたまねぎの質がよかったからなおさらです。鶏手羽元との相性も抜群でした(もちろん、私が考えたわけじゃなく、本のレシピを見て作ったのですが)。骨付き肉で元気倍増~!!

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

« 2012年6月 | トップページ | 2012年8月 »