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2012年7月24日 (火)

ことばを発すること

今日の東京新聞朝刊の、けさのことば(岡井隆)は、詩人の長田弘さんの詩集から引用された次のことばでした。

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 人生は受容であって、戦いではない  

‐‐‐

 詩人の仕事とは 

 沈黙を、ことばでゆびさす仕事だ

 無残なことばをつつしむ仕事だ

 戦うだとか、最前線だとか

 戦争のことばで、語ることはよそう

    『世界はうつくしいと』 長田弘

‐‐‐

ことば・・・(いまこうして)書いたり、話したり、考えたり、ふだん自分の思いのままに使用しているもの。「無残なことばをつつしむ」という部分を読んだとき、なんだかドキリとした。ことばを発することが、こわくなるような。

声で発することばであれば、録音したり書き留めたりしないかぎり、すぐに消えてしまう。
それでも、ことばひとつひとつは、相当に、重い。こんなにちっぽけなわたしであっても、発することばはぜんぶ、周りの何かになんらかの影響を与えてしまう。

何気なく発した自分の無残なことばが、澄んだ空気を濁らせてしまうようなことになっていたとしたら、ほんとうに、そういうことはつつしまなければと思う。

*

冒頭の「受容」ということば、大切にしたいなと思う。

「受容」を感じることができれば、どんな状況にあっても生きていけるのだと思う。

世界中を全部敵にまわしたとしても、自分を受けとめてくれる人がひとりでもいれば、そういう存在を信じていられれば、大丈夫なのだろうな。それだけで、いいのだ。逆に、そういう土台がなければ、どこに足をつけたらいいのかわからなくなってしまう。

喜びも、悲しみも、美しいことも、見苦しいことも。今日も変わることなく自分が生きているということも、受けとめられていることで、安心して生きていける。

たとえば、「なわとびがとべたよ!」 「どんぐりちゃん、すごいねぇ、上手だね」と、一緒に喜んでくれる人がいるということや、何かつらいことがあったとき、「そんなことがあったんだね」と、話を聞いて受けとめてくれる人がいること。

ときには、「そんなことじゃ、だめじゃないの!」と叱ってくれるひともいるかもしれない。
自分のことを全部、受けとめてくれてはじめて発せられる大事な大事なことばなのだと思う。

*

受けとめよう、と思う。

何もかもをまず、受けとめよう。

いいこともよくないことも、うれしいこともくやしいことも、楽しいことも、つらいことも。自分のことも、自分じゃないだれかのことも。

受けとめようとすれば、ことばを発するまでの時間が、ちょっとだけ長くなる。

こんなふうに、なにかを受けとめることができてはじめて、ことばを発する準備ができたといえるのかもしれないな、と思う。

自分のことばを、ゆっくり、発せられたらいいなと思う。

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