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2012年8月 2日 (木)

孤独であること

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孤独はよいものです。自分自身と平和のうちに生き、何かなすべきしっかりとしたことがあれば。
 『ゲーテ格言集』(高橋健二編訳) 

東京新聞 2012. 8. 2 けさのことば(岡井 隆)より

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このことばに、『孤独のよさを噛みしめるように言っている。自分自身と争うことなく平和な状態をつくりだすことの大切さ。何か成すべきこと」を持っている必要性』 と、岡井隆さんの解説が加えられている。

『孤独』ということばは、プラスよりもマイナスのイメージをもつものとして捉えられることが多いのかなぁ。

私は、プラスにもマイナスにも思える。けれど、孤独は、なくてはならないものだと思う。必要なものだと思う。そもそも、生きている以上は常につきまとうものだと思う。

孤独を思いきり味わいたいときもあるし、孤独からどうにかして逃れたいと思うときもある。

でも、孤独をたのしむことは好きだな。それはまさに、上にある「自分自身と平和のうちに生き」、「何かなすべきしっかりしたこと」があるという条件つきなのだけど。

けさ、このことばを読んだとき、詩がみっつ、頭に浮かんだ。

  ひとりぼっち     谷川俊太郎 

だれも知らない道を通って
だれも知らない野原にくれば
太陽だけがおれの友だち
そうだおれにはおれしかいない
おれはすてきなひとりぼっち

きみの忘れた地図をたどって
きみの忘れた港にくれば
アンドロメダが青く輝く
そうだおれにはおれしかいない
おれはすてきなひとりぼっち

みんな知ってる空を眺めて
みんな知ってる歌をうたう
だけどおれにはおれしかいない
そうだおれにはおれしかいない
おれはすてきなひとりぼっち

この『ひとりぼっち』は、ひとりで散歩しているとき、まるでメロディーが流れるように頭のなかに浮かんでくる大好きな詩です。

谷川俊太郎さんからもう一編。

* *

  ひとり  谷川俊太郎

ぼくはひとりでいるのがすき。

せんせいは ともだちと あそびなさいと いうけれど、

ともだちは ぼくをいじめる。

おとうさんは おとこのこなら つよくなれと いうけれど、

ぼくは けんかなんか したくない。

おかあさんは みんなと なかよくしろと いうけれど、

ぼくはぼくだ みんなとちがう。

これは ぼくのて。

これはぼくのかお、
なまえはよしお。

あのこも よしお
でも おんなじなのは なまえだけ。

ぼくという にんげんは
ひとりしかいない。

ひとりでも ぼくは ひとりぼっちじゃない。

ぼくは とんぼと ともだち、

かぜと ともだち、
そらと ともだち、
ほしと ともだち、

うらしまたろうも ぼくの ともだち、

ぼくの みるゆめを だれも しらない。

みんなの じゃまを しなければ、
ひとりで いたって いいじゃないか。

ぼくを ほっといて くれ!

* *

二編とも、『谷川俊太郎 詩集 いしっころ』 岩崎書店 より。

学校って、いま思えば、ほんとうにシビアな場所だなと思う。常に友達と仲良くして、にぎやかにしていなきゃいけなかったのかなぁ。今日は外でドッチボールをするんじゃなくて、ひとりで静かに本を読みたいなぁ、・・・そんなふうに思っている子はきっといたんじゃないかなぁ。

でもきっと、ひとりぼっちでいると、「あの子は友達がいなくてさみしい子なんだ」ってみられちゃうし、先生からは「どうしてみんなと一緒に遊べないの?」って、注意されちゃうかもしれないからね。

みんなみんな仲良しさんになることがいいことで、ひとりでいるのはよくないこと。そういう考え方に知らぬ間に染まってしまう場所だったのかもしれない・・・なんて思ってしまう。
思い出せば、自分は大勢でわいわいするようなタイプではなかったし、常にだれかと一緒に行動したいとは思わなかったけれど、無意識に、ひとりにはなりたくないと思っていた気がする。だれもがどこかの仲良しグループに所属していて、そこから外れないように必死だったのかもなぁ。「孤独」なヤツ、だと思われないように、ですね。

もう一編は、茨木のり子さん。

* * *

 一人は賑やか  茨木のり子

一人でいるのは 賑やかだ
賑やかな賑やかな森だよ
夢がぱちぱち はぜてくる
よからぬ思いも 湧いてくる
エーデルワイスも 毒の茸も

 (中略)

一人でいるのは賑やかだ
誓って負けおしみなんかじゃない

一人でいるとき淋しいやつが
二人寄ったら なお淋しい

おおぜい寄ったなら
だ だ だ だっと 堕落だな

恋人よ
まだどこにいるのかもわからない 君
一人でいるとき 一番賑やかなヤツで
あってくれ

『おんなのことば』茨木のり子 童話屋 より

* * *

そう、そうなのだ。一人はとても賑やかなものなのだ!

一人で賑やかにしていられるのなら、もうなにもこわくないな、きっと。

孤独がこわくてたまらないときや、逃れたいと思うときというのは、『自分自身と平和のうちに生き、何かなすべきしっかりしたことがある』 のとは逆で、自分自身と争い疲れ果て、なすべきことがわからず、ただだれかに寄りかかりたいと思っているときなのだろう。

だれもが孤独。友達が多い人も少ない人も、話し上手な人も話しべたな人も、生きている以上、だれもが孤独なのだと思う。

他人とまったく同じ気持ちになることはできないから。いくら、共感してるとか、その気持ちわかるよ、とか言っても、ぴったり同じ気持ちになることはできない。そういう人がいてくれることによって、孤独であると思う気持ちがいくらか和らぐかもしれないが、やっぱり孤独は孤独なのだ。自分で向き合っていくしかない。

だからこそ、孤独であることを受けとめて、たのしんでゆけたらと思う。

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