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2013年2月28日 (木)

~翻訳学習のなかで~学習を続けていられるひみつ(前回のつづき)

こちらの記事のつづきです)

私を驚かせたその3人の友人たちも含め、1年間の講座の途中や、それを修了した時点ですでに多数のクラスメイトたちが翻訳から離れていきました。

友人たちの「一緒に頑張ろうね」は、いつの間にか「どんぐりちゃんなら絶対翻訳者になれる。頑張って、応援してる!」に変わっていったのです。

そのことばは、なんとも複雑に私の心に響きました。

クラスメイトたちがこうやって翻訳から離れていくことが、当時はとてもくやしくて残念でなりませんでした。そんな簡単にやめてしまっていいの? 翻訳者になりたいって思いは、それだけのものだったの?

・・・でも、人それぞれ、ですからね。

翻訳者を志して同じ場所に集まったことには変わりないけど、翻訳に対する情熱の大きさはそれぞれだし、実際にやってみないと合う合わないってわからないことだから。

翻訳にかける思いが強すぎて、自分の基準で人をみてしまっていました・・・反省。でもね。これからも共に学び合いたいと思っていた翻訳仲間を失うことが、とてもさみしかったのですよ。

「翻訳にかける思いが強すぎる」と書きましたが、この6年ずっと全力疾走し続けることができたかというと、正直言って、できてはいません(・・・ものすごく勢いがあった時期と、いろいろあって、毎日ほんのわずかしか学習時間がとれなかった時期と・・・極端だったのでした)。

でも、翻訳に対する情熱の大きさはずっと変わりません。

私がこうして学習を継続していられる(勢いは強まったり弱まったりだけど)ひみつ(←というほど大げさなものではないですが・・・)はいくつもありますが、そのひとつに、

学習開始時点で、一番の原点となる「翻訳とは何か」ということ、翻訳の仕事はどんなものかということを、自分なりに確認したことがあるのではないかなと思います。

(前回の記事の「翻訳に関する本を数冊読み、よしやってやろうじゃないかと覚悟を決めた」という部分です)

運良く(?)翻訳のとても厳しい部分や大変な部分がありのままに綴られた本に出会うことができたのは、いまとなっては本当にありがたかったと思います。見上げても見上げても、その時点では頂上が見えないとてつもなく高い山を登るための心構えを、学習を始める前に持つことができたから。

何より、本を読んで得られる学びはとても大きい。本物の翻訳者(著者)からじかに語られることば。それが厳しいものであればあるほど逆に、私のような学習者に対して真剣に語りかけてくださっているようなあたたかさを感じます。そして、そういうものはずっと学習の支えになっています。

だからなのだな、きっと。翻訳を続けていられる理由・・・たくさんあるけど、そのうちのひとつは、学習開始前に本を読み翻訳を知っておいたこと(といっても、ほんの入り口のわずかなことだけ、ですが)。

+++++

ここまで書いてきて、ふと気づく。

いかにも私は特別なことをしました!という感じに書いてしまいましたが、でもこれって当たり前のことですよね。やりたい職業なら、事前にその職業について研究するし、自然と知りたくなるはずです。

だから、広く浅く1年間、ほんのちょこっとの学習だけで翻訳の仕事ができると考えていた友人たちのことを、私は不思議に思わずにはいられなかったのです。

えらそうな言い方ですが(すみません・・・こんな小さな未熟者どんぐりの私なのに)、友人たちに、まだ学習を開始していない時点で本を読ませてあげたかった。そうしたら、気持ちが少し違っていたかなぁ・・・なんて。

(つづく)

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