翻訳への思い

2013年2月28日 (木)

~翻訳学習のなかで~学習を続けていられるひみつ(前回のつづき)

こちらの記事のつづきです)

私を驚かせたその3人の友人たちも含め、1年間の講座の途中や、それを修了した時点ですでに多数のクラスメイトたちが翻訳から離れていきました。

友人たちの「一緒に頑張ろうね」は、いつの間にか「どんぐりちゃんなら絶対翻訳者になれる。頑張って、応援してる!」に変わっていったのです。

そのことばは、なんとも複雑に私の心に響きました。

クラスメイトたちがこうやって翻訳から離れていくことが、当時はとてもくやしくて残念でなりませんでした。そんな簡単にやめてしまっていいの? 翻訳者になりたいって思いは、それだけのものだったの?

・・・でも、人それぞれ、ですからね。

翻訳者を志して同じ場所に集まったことには変わりないけど、翻訳に対する情熱の大きさはそれぞれだし、実際にやってみないと合う合わないってわからないことだから。

翻訳にかける思いが強すぎて、自分の基準で人をみてしまっていました・・・反省。でもね。これからも共に学び合いたいと思っていた翻訳仲間を失うことが、とてもさみしかったのですよ。

「翻訳にかける思いが強すぎる」と書きましたが、この6年ずっと全力疾走し続けることができたかというと、正直言って、できてはいません(・・・ものすごく勢いがあった時期と、いろいろあって、毎日ほんのわずかしか学習時間がとれなかった時期と・・・極端だったのでした)。

でも、翻訳に対する情熱の大きさはずっと変わりません。

私がこうして学習を継続していられる(勢いは強まったり弱まったりだけど)ひみつ(←というほど大げさなものではないですが・・・)はいくつもありますが、そのひとつに、

学習開始時点で、一番の原点となる「翻訳とは何か」ということ、翻訳の仕事はどんなものかということを、自分なりに確認したことがあるのではないかなと思います。

(前回の記事の「翻訳に関する本を数冊読み、よしやってやろうじゃないかと覚悟を決めた」という部分です)

運良く(?)翻訳のとても厳しい部分や大変な部分がありのままに綴られた本に出会うことができたのは、いまとなっては本当にありがたかったと思います。見上げても見上げても、その時点では頂上が見えないとてつもなく高い山を登るための心構えを、学習を始める前に持つことができたから。

何より、本を読んで得られる学びはとても大きい。本物の翻訳者(著者)からじかに語られることば。それが厳しいものであればあるほど逆に、私のような学習者に対して真剣に語りかけてくださっているようなあたたかさを感じます。そして、そういうものはずっと学習の支えになっています。

だからなのだな、きっと。翻訳を続けていられる理由・・・たくさんあるけど、そのうちのひとつは、学習開始前に本を読み翻訳を知っておいたこと(といっても、ほんの入り口のわずかなことだけ、ですが)。

+++++

ここまで書いてきて、ふと気づく。

いかにも私は特別なことをしました!という感じに書いてしまいましたが、でもこれって当たり前のことですよね。やりたい職業なら、事前にその職業について研究するし、自然と知りたくなるはずです。

だから、広く浅く1年間、ほんのちょこっとの学習だけで翻訳の仕事ができると考えていた友人たちのことを、私は不思議に思わずにはいられなかったのです。

えらそうな言い方ですが(すみません・・・こんな小さな未熟者どんぐりの私なのに)、友人たちに、まだ学習を開始していない時点で本を読ませてあげたかった。そうしたら、気持ちが少し違っていたかなぁ・・・なんて。

(つづく)

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2013年2月18日 (月)

~翻訳学習のなかで~驚いたこと 

私は現在、トライアリストという翻訳講座を受講し、医薬翻訳の勉強をしています。

でも最初から、医薬分野に絞っていたわけではありません。

一番初めは、さまざまな翻訳(出版・実務・映像など)を総合的に学ぶ全日制の翻訳学校に一年間、通っていました。

その後も2年間くらい、分野を定めず(なかなか決められず)あれこれと手をつけ、そうしてようやく2009年の秋、医薬分野一本でいくことに決めたのです。

その一番初め、翻訳学校の1年間のコースを修了したとき、ものすごく驚いたことがあります。

1年間、一緒に勉強をしてきた仲間がこんなことを言ったのです。

「1年間やってきたんだから、何かしら、翻訳の仕事ができると思ってたのに・・・(なぜできないんだ、なぜ学校はそういう仕事を紹介してくれないんだ、という話がその後つづきます)」

特に仲良くしてくれた3人の友人。そのうちの1人のこの発言に対し、残りの2人も「うん、ほんと、そうだよね。まさか、何もできないとは思わなかったよね~」と大きくうなずいたのです。

私は驚きのあまり、しばらく言葉が出ませんでした。

やっとのことで、

「私はまるっきり、そんなふうに思ってなかったけど・・・」

と、絞り出すように言いました。

たった1年、しかも、いろいろな種類の翻訳をほんの、ほーんの端っこだけ少しずつ触れた程度の勉強しかしていなのに、まさかそれで仕事につながるなんて、あるわけないやんかーーー!!!(もともとスペシャルな知識や技術のある人などだったら、可能性はあるかもしれませんが)

翻訳に対する考え方が、私と彼女たちとではまるで違っていたみたい・・・。

本当に、びっくりしました。

私が具体的に翻訳の勉強を始めるきっかけとなったのは、『あなたも出版翻訳家になれる』というまさに夢のような題名の雑誌に出会ったことでした。

でもだからといってすぐに、「私もなれる♪」なんてウキウキわくわくした気持ちで勉強を開始したわけではありません。

職業として翻訳をしていくこととはどういうことか、翻訳とは何か。
翻訳に関する書籍を数冊読んだうえで、「よし、やってやろうじゃないか」と覚悟を決め、上京して翻訳学習に打ち込むことに決めたのです。

翻訳の世界は、そうとう厳しい世界であるようでした。
当時は会社員をしていましたが、会社組織に守られているほうがどれだけ安心だろうかと思ったし、なにしろ翻訳者として一人前になるまでには、並大抵の努力じゃ全然ダメ。2,3年は収入がなくても生活できるくらいの蓄えをあらかじめ用意しておくべき、なんてこともたしか本に書いてあった気がします。

でももしかしたら、だからこそ、燃えたのかもしれません。
周りには「10年計画で行ってくるね~」と、1人、田舎を飛び出してきたのでした。

(つづく)

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2013年2月 3日 (日)

『SOHO翻訳者の仕事部屋』を読んで

ひとつ前の記事で、表紙だけを紹介させていただいた『SOHO翻訳者の仕事部屋』(まな!著/トライアリスト東京)。

まな!さんは、私が受講している医薬翻訳講座「トライアリスト」の大先輩です。

文系出身、専門知識ゼロのまな!さんがトライアリストで学習し医薬翻訳者になるまでの道のりから、在宅翻訳者の仕事の実情、翻訳業界・翻訳会社事情(裏事情?)まで、興味深くて役立つことや、とても大切なことがこの一冊にぎっしり詰まっています。

Soho2
読み始めたらほんとうに止まらないよ! 一気に読んでしまいました。

会社帰りの電車のなかでそれを読み終えた私は、電車を降りてから家まで20分歩くにも、何だか興奮して走り出したくなるような気持ちになりました。

一度読み終え、もう一度読み返しているいまでもやはり、翻訳に対するさまざまな感情が心の底からわき起こってきて、それをここに感想としてうまくまとめることができそうにないのですが・・・少し、書いてみようと思います。

この本は、まな!さんのブログ『SOHO翻訳者の仕事部屋』を書籍化したものです。トライアリストに入会し学習を開始したころから私はこのブログをたびたび訪問し、記事を何度も読み返していました。

そのときは、まな!さんのブログのことを、(トライアリストのこと、辞書のこと、学習方法のこと、仕事とお金のこと、翻訳に対する考え方など)、「具体的に」自分にとって有益な情報がいっぱいで、学習を続けていくうえでの力強い味方のような存在だと思っていました。

ところが、1冊の本として今回読ませていただいたところ、ブログで興味のある記事を見つけては飛び飛びに読んでいたときにははっきりとは見えなかった(私が鈍感だから、ですが)あるひとつの大切なものを発見することができたのです。

それは、この本の最初から最後まで、すみからすみまでに貫き通されているまな!さんの「とてつもなく強くて頑丈な一本の筋(←私が感じたままを表現すると、です)」でした。どんなことが起こったって、少しもゆらぐことなく、ましてや切れることなんて決してありえないものです。

それはたとえば、翻訳の品質に対する責任感とか、翻訳に対する考え方や情熱だとか、そういうことだけに関わるものではありません。もっともっと広い・・・、

「翻訳者として生きていくこと、まるごと」です。

ある理由から、収入の多くの部分を占めるほどおつきあいのあった大手翻訳会社との縁を自ら切ったというまな!さんのエピソードが書かれていましたが、このようなエピソードも含めて、「翻訳会社 対 個人」のやりとりのなかで起こるさまざまな問題に対し、まな!さんのように筋を通して仕事をすることは、ちょっとやそっとでできることではないと思います。

自分がそのような状況に陥った場合を考えてみても(仕事をしていると仮定して、です)・・・。
まな!さんのような行動に出る勇気があるのかと、いまの自分の胸に聞いてみたところ、「正直言ってそのような勇気はないかもしれないなぁ・・・」と、私の胸は小さな声で何とも自信なさげに答えました。

そう、いまの時点では、自分に自信がないんですね。そこまで言い切れないんです。

でも、思います。いまはまったく仕事をできるレベルにはない私だけど、いつか仕事ができるようなときが来るまでには、筋だか骨だか幹だかはわからないけれど、頭のてっぺんから足の先まで、その何者かを一本、貫き通してみせようと思います。そういうものが確立していないうちは、まだ自ら仕事を求めてはいけないのだと思います。

それだけの実力と自信をつけるということ。翻訳の品質についてはもちろん、個人事業主として生きていくことについても。

それは、翻訳者として、人とやりとりをしながら「自分が」気持ちよく仕事をしていくためであるという以上に、人や社会に迷惑をかけないために最低限必要なことなのだと思いました。

ご自身のエピソードをあるがままに淡々と綴られているまな!さんの語りは一見、厳しいようにも受け止められそうですが、私にはそうではなくてその真逆、とてもあたたかいものに満たされているように感じました。

私のように翻訳者をめざして学習されている人をはじめ翻訳にかかわる仕事をされているあらゆる方々にぜひ、読んでほしい。じゃなくてほんとうは、翻訳者にかぎらず世の中で働くあらゆる人が読んでもいい、読んでほしいと強く思います。

トライアルに関することでは例えば、「トライアルに落ちないコツとは」「合格率1%~2%の超難関?」「本当に『合格=受注ではない』のか」などについて書かれていますが、その答えを知ると、なるほどそういうことだったのかと深く納得でき、翻訳を仕事にするまでの自分の姿勢や取り組み方がまた変わってきます。

少しでも気になられた方、読んでみたいと思われた方はぜひ!こちらをご覧ください。

まな!さん、ほんとうにありがとうございました!

この本を読ませていただき、まだまだあふれ出る感情はいっぱいなのです。
今日はこの辺でせき止めておきますが、翻訳に関することをまた少しずつ、書いていきたいと思います。

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2013年1月14日 (月)

私のビジョンボード

きのうの記事のつづきで・・・

Photo
姉のまねっこをして、私もビジョンボードをつくりました!

家にあったいろいろな紙の切れ端やらシールやらを集めて、好きなように貼り付けたらこんなふうになりました。

部屋は3つ。

目標!! ☆達成するためにやるべきこと☆
ここには、実現したい目標と、そのための具体的な行動を書きます。
たとえば、「通信講座 2013年6月までに○級になる!」「11月分の課題の復習」など。

行きたいセミナー、講座など
ここには、行きたいセミナーや公開講座などを書きます。
(数日前に新聞で、「ああ、これ行きたい!」という免疫関係の話が聞けるセミナーを見つけたのだけどメモするのをすっかり忘れていて、今日の資源ゴミでその新聞を捨ててしまったという・・・。そんなことのないように、これからはビジョンボードにしっかり貼り付けよう!)

本、新聞、辞書
ここには、購入したい本や辞書、読みたい本(購入したけど積んだままになっている本)などを書きます。

このビジョンボードを使っているうちに、この3つの部屋は変わってくるかもしれない。
使いやすく作り変えていくのも楽しみだな。

きょうの時点でまず思いつくものをぺたぺた、貼ってみました。

楽しみながら、がんばるぞ!!

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2012年4月 1日 (日)

5年目の終わりと、6年目の始まりに。

4月1日。新年度の始まりだ。

翻訳の勉強をするために都会にやってきて、この3月で丸5年が経過した。

上京前、翻訳とはまったく関係のない仕事をしていた私。あるとき書店で偶然、「あなたも翻訳家になれる!」なんて題名の本を手にとって読んでみたことがきっかけで、生まれてはじめて翻訳というものに興味を持った。翻訳とは何か、どうしたら翻訳者になれるのか。翻訳関係の本を何冊か読んで自分なりに研究したけど、どうやらものすごく厳しい世界であるようだった。そのうえ、自分には語学力も専門知識もない。でも、やってみたかった。文章を書くことが好き、言葉が好き。翻訳をやりたいというただそれだけの思いで、2007年春、ひとり、都会にやってきた。

「10年計画で行ってくるね」周りの人たちには、そう伝えた。当初は出版翻訳をやりたいと思っていたから、両親が生きているうちに訳書1冊、出せたらいいなと思っていた。

でも最初の1年を終えた時点で、実務翻訳に興味が移った。いまでは、両親が生きているうちに、「翻訳者です」と胸を張って言えるような翻訳者になっていたいと思う。

実務翻訳者になろうと考え始めてからも分野が定まらずいろいろとさまよっていたけど、ようやく、いまから2年半前(ちょうど半分の地点ですね)に医薬翻訳者をめざすことに決め、通信講座での学習を開始した。

*

毎週課題を提出すると、先生の手によってきっちりと添削されたものが後日返ってくる。提出できない期間も少しあったけど、2年半、それをずっと繰り返してきた。

郵送でのやり取りだから普段は先生にお会いすることはないのだけど、今年2月の直接講義で、初めてお会いすることができた。

通信講座では、「こんな日本語ありません」、「こういう言い方は絶対にやめてください」などという厳しいお言葉や、A4用紙の半分くらいにわたる大きな×をくださる先生なのですが、お会いしてすぐに、あたたかくてやさしいお人柄であることが伝わってきた。講義中も、私は、先生のユーモアたっぷりのお話に惹きつけられっぱなしだった。

バックグラウンドのない私が医薬翻訳だなんて、とてつもなく無謀な挑戦であることは自覚していたけど、それでもやってみようと思って歩き始めた道。最初は、まったく形にもならない訳文だった。でも、まだまだほど遠いことはわかっているけれど、ほんの少しずつだけど、めざすべきものに近づいていることは確かだ。苦しいけれど、険しいけれど、高い山を一歩ずつのぼっていき、その手ごたえを感じられることはとても楽しい。ものすごくスローペースで何も持っていない私だけど、こんな自分にだって、無理なことではないのだ。

もっともっと、いい日本語を書きたい。もっともっと、日本語の力を磨きたい。

そして、医薬の文章がどんなものか知らなきゃ自分で書けるはずがないから、もっともっと、専門書を読まなきゃいけない。

上京して2年半でやっと、めざす方向が決まった。そこからさらに2年半たったいま、引き続き医薬翻訳者への道を歩んでいくうえで、「この先生の下でやっていきたい」という気持ちがはっきりした。いまあらためて先生の著書を読み返し、その思いをますます強くした。それと同時に、何をしなきゃいけないのか、何をすれば力を伸ばすことができるのかが、やっとわかった。これまでそういうことを考えもせず、目の前にあるものだけを、時間に追われながら何とかこなすことしかできなかった。そのうえ、何が大切なのかを考えようともせず、あれこれまた別のものに手を伸ばそうとしたこともあった。

6年目の始まり。

明確に見えてきた道、進んでいくべき道を、これからしっかりと踏みしめて歩いていこう。

(ウソじゃないよ。4月1日だけど)

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2012年3月21日 (水)

自分自身に惚れること

けさの新聞に、印象的な記事(コラム)があった。

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人気番組「料理の鉄人」で、フレンチの鉄人として活躍した坂井宏之さんが道場六三郎さんとの対談で興味深いことを語っている。料理人が将来、伸びるかどうかはコックコートを着た姿に自分自身が惚れるかどうか、で分かるという。

自分を鏡に映し、「おぉ、かっこいいじゃん」と惚れることができる人は、料理人として生きてゆく気持ちが強い人だ。「惚れた軸はぶらすなと。この軸がぶれると二流になってしまう」と語っている(『致知』四月号)

<2012年3月21日 東京新聞朝刊『筆洗』・・・私の地元、中日新聞なら『中日春秋』より>

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自分の仕事人生を振り返ってみた。

これまで、自分の姿に惚れたことがあっただろうか。

(とてもはずかしく、好ましくないことだとは十分承知しておりますが、)私にはいくつかの職歴がある。

どの仕事も、決して中途半端な気持ちで選んだわけじゃなかった。面接のときだって、その会社に対して「あなたに一生ついていきます」くらいの気持ちで臨んだものばかりだ。

そして、在職中には仕事に全力を注いだ。仕事ができるようになりたいと、ただ必死で取り組んだ。小さな私だけど、少しでもたくさん貢献したいと思ったし、その仕事で自分の持っている力を発揮したいと思っていた。

でも、うまくいかなかった。一生を捧げることができなかった。数年働いただけで結論なんて出せるものではないけれど、その仕事を続けていくんだという強い気持ちを、そのときの私は持つことができなかった。

鏡に映った自分は、惚れられるなんてものではなかった。鏡を見るのも嫌だった。

どうにかよくしようと必死になり、とにかく一生懸命やる。そんな自分の姿は、誉めてやることができたのかもしれないが、自分の力のなさに苦しみもがきながら、目の前のことをこなすことだけで精いっぱいだったのだ。そんなふうにしか仕事ができない自分が、たまらなく嫌だった。

ただ、いま思えば本当に、数年で自分の望むように仕事ができるわけなんてなく、何十年も続けていけばこそ見えてくるものがあるのだから、簡単に答えを出せるようなことじゃなかったのだとも思う。私はすぐに、逃げてしまったのですね。新しい方向に向かえば、きっと自分がうまく歩ける道があるのだと、思ってしまったのですね。

何だかすぐに重くなってしまう私の性格のせいもあると思うのだけど(20代のころは、いまにも増して・・・)

惚れられなかったのだな。

惚れるものにまだ出会っていなかった、と思ってもいいのだろうか。

*

自分の姿に惚れている人というのは、見ていてすぐにわかる。

輝いている。その人の雰囲気から、パワーが伝わってくる。

仕事について熱く語ってくれる友人も、子だくさんで育児や家事に走りまわり、忙しいながらもママの笑顔いっぱいの友人も、輝いていてとても素敵で私は大好き。

~自分の話に戻しますが~

とにかくいまの私には、「翻訳」という、自分が歩いていきたい道がある。

(ちょっとはずかしいこと言いますが)

いまは、翻訳が好きだと胸をはって言える自分が好き。

「翻訳」に、翻訳の勉強を頑張っているときの自分自身に、惚れることができる(おっ、よく言った! くれぐれも、惚れた軸は、ぶらすなよ!)。

いつか、本物の翻訳者になった自分自身を鏡に映し、「おぉ、かっこいいじゃん!」と大きな声でいえるようになりたい。

今度こその、今度こそ!!

『筆洗』の最後は、こんなふうにしめくくられていました。

「働くことは大変だ。鏡に映った自分の姿に惚れる。そんな仕事に出会えた人は幸せである」

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2011年11月28日 (月)

パズルを埋めていくように

1カ月に1回ほど、がんに関するセミナーを聞きに行っている。

これまでは、大腸がんや肺がん、乳がんや子宮がんなど「○○がん」がテーマだったのだけど、今回はちょっと違った。

今回は、「がんと漢方薬」の話。

がんと漢方薬? 

がんの治療法といえば、これまでの話のなかでも必ず登場してきたのは、抗がん剤とか化学療法とか放射線療法とか、そういうものだった。
がんと漢方薬が結びつくなんて、そんなこと考えたことがなかった。

だから今回の講座はとても新鮮だった。

漢方薬は、抗がん剤の副作用症状を緩和するのにとても有効なのだということ。現在そういうところにとても注目が集まっていて、研究が進められていることなどのお話をわかりやすくうかがうことができました。

*

医学のバックグラウンドがなく医薬翻訳者をめざす私にとって、こんなふうに、現場や研究の第一線でご活躍されている方々や病気の体験者の方のお話を目の前で聞くことができるこのようなセミナーはとても貴重なもので、大変勉強になる。

医薬翻訳の勉強をはじめて2年が経った。最初はほんとうに、私の頭のなかにある医薬翻訳というページはまったくの白紙だった。パズルにたとえるならば、何万ピースもあるパズルのピースはひとつだって埋まっていない状態。どのピースをつまみあげたらいいのか、途方にくれていなきゃならなかった。

でも、ほんとうに少しずつだけど、ピースをつまみあげ、組み合わせていけるようになっているような気がする。毎回こうやってセミナーに参加するのも、1ピース。通信教育の課題をやるのも、復習をするのも、1ピース。本を読むのもテレビを見るのも人の話を聞くのも全部、ひとつひとつがパズルの1ピースとなって、その絵柄を浮かび上がらせるものとなる。

購読をはじめたころは、読んでもほとんどちんぷんかんぷんだったメディカルトリビューン(医学専門新聞)も、いまは読むのがとても楽しみになってきた。

でも、楽しいからといって、パズルが埋まり、絵柄が見えてくるわけではない。

埋めるべきパズルのピースは、何万、もしかしたら何十万、何千万・・・?(きりがない)。

そう、きりがないのだ。

医薬翻訳というパズル(人生のパズルは何でも、だけど)は、完全に埋まることは、決してない。

たとえばだけど、私が、何十年も医薬翻訳の仕事を続けることができたとして、そういうときが来たとしても、パズルは埋まっていないはずだ。埋まるものではないはずだ。

なぜなら、(どう考えても、医師並みの知識や経験には絶対に追いつけないという理由もあるけれど、それは別として)埋めていくそばからまた、埋めるべきスペースが増えていくから、である。

日々、新しいことがつぎつぎに生まれている。学ばなくてはならないことが生まれ、毎日、さらに複雑な形をしたピースが私たちには課せられているのだ。一生、勉強! ということですね。

そうやって考えると、また途方にくれそうになってしまうけれど、それでもコツコツひとつずつ、埋めていこう。少しでも絵柄が見えてくるように、ひとつひとつ・・・目をこらして、必死でピースを探してみよう。いろんな方向へ手を伸ばし、足を踏み出し、埋めるべきピースを見つけよう。

でも目の前のピースばかりに気をとられて全体が見えなくなってしまわないように、ときどき、遠くから眺めてみることも必要だな。

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2011年9月10日 (土)

小さな部屋から大きな世界へ

先月、イタリア・ボローニャ国際絵本原画展へ行って来た。

イタリア北部の古都、ボローニャで毎年開催されている絵本原画コンクールの入選作品を展示した展覧会(今年は日本人作家19人を含む、世界20カ国・76人の絵本作家が描いた380点が展示されていた)。絵本作家になるための登竜門としても知られている。毎年の楽しみで、ここ10年間くらい(実家のある中部地方にも巡回でまわってきてくれるので)欠かさず見に行っている。

世界各国のイラストレーターさんが描く絵本原画からは、それぞれ独特の感覚のようなものが伝わって来て面白く、たくさんの刺激を受けることができる。

それから、展示されている絵とともに楽しみにしているものが、会場内で観ることができる入選者へのインタビュー映像だ。作品にこめられた思いや日々の仕事のことなとが語られ、とても興味深い。

今年見た映像のなかで、ひとつ、心に残るお話があった。

銅版画で絵本づくりをしている女性作家さんの言葉。

「私はいつも、銅版画をとても小さな部屋で製作しているんです。小さな部屋から世界につながることができたということが、とても嬉しい」

というようなことをおっしゃっていました(私が思い出して書いたもので、そのかたの言葉通りではありません)。

うわぁ。なんだか素敵だなぁ。小さな部屋から、大きな世界へ。小さな自分が生み出したものが、世界のだれかのもとに伝わっていくなんて。

*

今週半ば、新聞記事を日本語から英語にするお手伝いを少し、させていただくことができた。

それをやり終えた時、ふっと、先ほどの銅版画家さんの言葉を思い出した。

ひとつひとつの新聞記事は、A4用紙1枚にも満たない短いもの。

そして、私は、翻訳者さんが本格的に訳す前の段階の文章を作る役目。(もちろん、全部の力をふりしぼって精一杯取り組むけれど)、「私→翻訳者→チェッカー→さらに本物に仕上げる過程がある」というわけだから、「私」の段階では、花にたとえれば種まきをしたところ、のような感じなのかもしれないと思う。「種まき→茎を伸ばす→花を咲かせる」というイメージ。

でも、ちっぽけな私がしている小さなことも、ちゃんと、世界につながるひとつのステップになっているはず――訳すときには、そういう願いだってしっかりと込めた。記事を書かれた記者のかたや、取材を受け記事に登場する人たちの思いが、世界の人に伝わりますように、と。

パソコンの画面の前にちょこんと座って、カタカタと指先を動かすこの作業が世界につながるのかと思うと、とてもわくわくするし、翻訳ってなんてスケールの大きな仕事なのだろうと、ますますあこがれが増してくる(和訳だったら、世界のことを吸収して日本中に広めることができるのだ!)。でもだからこそ、それだけ責任も重いのだとも思う。

翻訳にかぎらず、どんな仕事でも、あるいは仕事以外のことでも、そうなのだと思う。

自分のしていることが、知らないだれかにつながっていく。

ふと、ミスチルの「彩り」という歌が頭に浮かんだ。

==

僕のした単純作業が この世界を回り回って 

まだ出会った事もない人の笑い声を作っていく

 (Mr.children 「彩り」より)

==

小さな部屋のなかで小さなパソコンの画面に向かっているわけだけど、その向こうには大きな世界が広がっている。

翻訳修行をするときは、いつもそのことを忘れない。

いつか翻訳者として、小さな部屋からさまざまなことをたくさんの人に伝えることができるようになるために。そのことを教えてくださった銅版画家さんのように、自分の夢を実現して、大きな世界につながることができるように。

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2011年8月 5日 (金)

人生の魔法

『人は誰でも魔法を一つ持っている』

ある雑誌に、こんな言葉が紹介されていた。『魔女の宅急便』の原作者である角野栄子さんの言葉だ。

記事には、以下のようなことが書かれていた(内容を思い出して私がまとめたものです)。

「魔法というのは、『自分の好きなこと』。どれだけ繰り返しても飽きないくらいに好きなこと。空を飛んだり姿を消したりすることはできなくても、自分の好きなことで生きられればそれは魔法になる。その魔法に支えられていきいきと輝いて生きていける。その魔法は、早くに見つかる人もいるし、何年もかかる人もいるかもしれないけれど」

角野栄子さんの持っている魔法は、そう、『書くこと』だ。

「書くことがとにかく好き。でも、何かを伝えようとか意味のあることを書こうとはしない。自分のなかからふと飛び出してくるものや目に浮かんだ風景を言葉にしているような感じで書いている。そうやって出来上がった本のなかの世界を楽しんでいただけたら嬉しい」――そんなことが書かれていた。

『書くこと』が魔法・・・

私の心の中で何かがはじけた。

あぁ、私もだ! 私もおんなじ!!

私が翻訳を勉強したいと思ったきっかけはずばり、「書くこと」だ。書きたい。日本語を書きたい。書くことが好き。翻訳者への道のりはそこから始まった。

まだ本物の翻訳者になったわけではないから、しっかりと魔法にかかっている状態とは言えない。いまはまだ、魔法にかかりたい対象のものを見つけて、かかることができるようもがいているにすぎない。

大学を卒業してからいくつかの仕事を経験した(はずかしくていくつなのかは言えない)。どれもこれも、今度こそは魔法にかかりたいと思って必死でやっていたけど、残念ながらかかりきることができなかった。

今度こその今度こそは絶対に。翻訳への一歩は、そうやって踏み出された。

*

「俺、マジでサッカーすきなんすよ」

けさ、じっくりと見る余裕はないが朝の習慣でつけているテレビから、私の耳に飛び込んできた言葉。

昨日亡くなった松田直樹選手の言葉だ。

画面には、松田選手の笑顔。

それを見た瞬間に、思った。

――この人は、しっかりと魔法にかかっている。魔法の世界に入り込んでいる。

魔法にかかっている人の眼差しはものすごく強い。

ファンであるわけではなくサッカーにも詳しくないけれど、このひと言と、ほんの少しだけど松田選手が作ってきた足跡やサッカーに対する思いを知り、この人は心からサッカーを愛しているのだ、ということだけはとてもよくわかった。

「マジで、もっとサッカーやりたいです」

とても遠い存在である私が言うのも、とは思うけれど、本当に、その人の分まで生きたい、生きなければといま強く思う。

ようやく見つけたたったひとつの魔法に、今度こそ、しっかりとかかることができるように。「マジで翻訳好きなんです。マジで、もっと翻訳やりたいです」。心からそう言えるように。

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2011年7月 7日 (木)

いい便を出すためには

今日は七夕。星空を楽しみにしていたけれど、残念ながらくもり空。でも、見えないけれど雲のうしろにいてくれるお星さまに向かってちゃんと願いごとを唱えました。

今日、もうひとつ楽しみにしていたことがあった。家に帰り郵便受けを見ると、ちゃんと届いてたよ! 『メディカルトリビューン』。メディカルトリビューンは、医療従事者向けの医学新聞。少しだけ庶民向けのような親しみやすい記事もあるけど、それ以外は専門用語と特有の文体で書かれた専門的な話題がほとんどで、一生懸命調べない限り私にはさっぱり理解できない内容である。

でも、医薬翻訳を勉強しているいまの私は、このようなものを読むのが面白くてしかたない(医薬翻訳をやっていなかったら、絶対に近づこうとは思わない文章だけれど)。内容がどうというよりも、読んでいる文章そのものが一気に体に吸収されていくような感じがとても気持ちいいのだ。

この私が、お医者さまなどそれはもう高度に専門知識をお持ちになり、何十年もその職に携わっている偉大な方々が読むためのものを訳すということは、考えてみればとても恐ろしいことである。どれだけ勉強しても、医薬翻訳者にはなれないのではないかと、時々途方に暮れて真剣に落ち込む。

でも、できるはずだと思いなおす。文体を学ぶことが大切だとおっしゃる先生の言葉を思い出す。とにかく多くの文章を読み自分のなかにとりこんで、書けるようになりたい――。通信講座の課題をやりながら読むと、「あ、こう書けばいいのか!」「これは、こういう訳語にすればいいわけだ!」と、文章がするすると自分のなかに入り込んでくる感じがしてとても楽しい。

*

ずっと前、谷村新司さんがテレビでこんなようなことをお話していた。

谷村さんは、ふだん音楽を聴かないのだそうだ。(えぇ?なんで!!)

理由は、ほかの人の音楽を聞くと、自分が曲をつくるときにそれが出てしまうから。

(それを、うん。っと・・・。ちょっと言いにくいけど、人が食べ物を食べて最後に出すもの、つまり「便」にたとえていました)

だから、音楽ではなくそのほかのいろんなこと・・・例えば本を読んだり映画を見たり、そういうところからいろんなことを吸収してこそ、いい便(自分の音楽)を出すことができるのだと、おっしゃっていました。

なるほど~! と思った。けれど、すごいなぁ。谷村さんの便は、ほかの人の便から作られたわけじゃないんだ。ほかの人の便じゃなく、そのほかのいろんなものをいっぱい食べて、腹のなかで消化吸収して、自ら作り出された便なのだなぁ。

翻訳について考えてみると、谷村さんの例とは少し異なるのかもしれないなと思った。私がやろうとしていることは、ずばり便そのものを食べること(あぁ、こんなこと書いてたらますますヨメに行けなくなるがね・・・。でも谷村さん論だからしかたないのです)。それでも、便を食べればそれで万事うまくいくというわけではなく、自分のなかにしっかり吸収して、今度はそれを自分のオリジナル便としていつでもスルリと出せるようにならなくてはならないのだ。

そしてもちろん、便だけではなくてそのほかいろんなものも食べたいし、食べなくては翻訳者にはなれない。あくまでも便は主食にすぎない。実務翻訳の場合は全体の食事に対する便の割合も多いのかもしれないけれど、出版翻訳の場合はそれよりもさらに、いろいろなものを食べることこそ大切なのかもしれない(欲張りですが、いつか、いつか、出版翻訳もやりたいのです)。

いい便を出すには、食物繊維も必要だし、乳酸菌飲料やプロバイオティクスヨーグルトで腸内環境を整えてやることも必要だし、適度な運動やストレスをため込まない生活ができるようにも気をつけなければならない。

いろんなジャンルの本を読む、美術展に行く、音楽を聞く、映画を見る、散歩に行く・・・また、特別なことではなくても、いろんな人と関わっていろんな話をする。そういうことを、もっともっと増やしていきたいと思う。

まずは、今日から1年間強制的に送られてくるメディカルトリビューンをしっかり食べるとともに、日々を工夫して楽しみながら、いつか自分の言葉を無理なく気持ちよく出せるようになるまで修行をしていきたいと思います。

(七夕さまの美しいストーリーがあるこの日に、便、便を連発してしまい申し訳ありませんでした。そして、翻訳修行中の身であるこのわたし、本物の翻訳者さんから見たらまた的外れのことを言っているかもしれませんが・・・そんなときはお許しくださいませ)

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